ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

ちゅるゆーかの頭の中

出会わなければよかった人などないと笑います。

食べて生きること

料理が好きです。野菜を刻んでいるとストレスも一緒に刻まれていくような気がします。
火加減や味付けや野菜のバランスを考えていると他のことを考える余裕がなくなって、いつの間にか頭が空っぽになっている自分がいます。
ストレスが溜まると餃子を作りたくなりカレーを食べたくなる私にとって、料理は趣味、趣味であると同時に生きていくためのものです。



砂糖断ちや塩断ちや断食に慣れ親しんだ私は、口に入れるものは自分自身の体に直結すると知っています。
糖分を摂るとニキビができ、塩分を摂ると身体が浮腫みます。夜食べないと朝すっきり起きることができ、断食をすると昼過ぎに眠くなります。
私は、よいものを食べることは自分の体調を管理することに繋がると知っています。



食べることは生きること。
自分がそう思う日が来るなんて、昔は思ってもいませんでした。でも今の私は違います。
私たちは光合成ができないから、身体を作るものは摂取するしかありません。例えば色水を吸って植物が色付くように、食べ物は身体に何らかの変化を与えるに決まっていると信じています。

もちろん、全部を理想通りとはいきません。私は自給自足は出来ないし、ジャンキーな味も食べたくなります。
でも、考えて食べるだけでも、自分の中の満足感は変わる気がします。



今日初めてバーガーキングを食べました。
テリヤキとチーズワッパー。会社帰りのジャンキーな味は美味しかったです。
でも、出来るだけ早い時間に食べるようにして、少し余分に歩いて、帰ってから顔のマッサージと筋トレをしました。これで明日は吹き出物は出来ていないし、朝もきちんとお腹が空いているはずです。
そのくらいの意識で、これからも生きていければ良いなと思うのです。



料理は生きていくためにしていたいです。しかし同時に常に楽しんでいたい。
身体に悪いものを食べる時にも、喜んで食べていたいです。メンテナンスも怠らず。
体も心も作ってくれるのが食べ物だと信じています。私のせいで失くなる命があるのなら、せめてより良く食べる私で有りたいです。

嫌いなものが降ってくる

雨が大嫌いです。
日本人の中では一番嫌いなんじゃないかと自信を持てるほどに大嫌いです。
傘をささなくても良いくらいの小雨でも、空から水滴が落ちてきている時は外に出たくありません。




鈍感になってしまったのかあまり分からなくなってしまったけれど、以前は、雨が降り始める時、クレヨンの匂いを感じていました。それは嫌いではありませんでした。
それから、中学の時、大好きな友達と相合い傘で帰れる時も雨は好きでした。


今はとにかく、外出が面倒なので雨が嫌いです。
汚れた大人になってしまったような気がします。
雨が降ったら仕事以外では絶対に外に出たくなくて、何なら仕事も休みになるべきではと思っていて、だから今日みたいな雨の日はとても憂鬱です。
傘は邪魔だし、濡れるし、頭は痛くなるし、髪は濡れると傷んでしまいます。



いつから外出を渋るようになったかを思い出してみると、喜んで外出していたことなんて私の人生にはありませんでした。大人になると化粧もしないといけなくて、余計に億劫になりました。
私は性格的に引き籠もり体質です。休日に外に出ていないことにほっとしますし喜びを感じます。
テレビに映る充実したお休みは私にとっては気苦労の連続で、確かにお喋りは大好きで人は嫌いじゃないけれど、喋らない時間があるからこそだと思っています。



雨の日は、自宅でゆっくりするのが似合います。


ムービーライフ

今は映画を見ることにはまっています。
最近の映画ではないものばかりですが、貪るように鑑賞する自分は気に入っています。



私が一番最初に衝撃を受けた映画は「風と共に去りぬ」。スカーレットの強さと美しさに魅了されて、彼女のようになりたいって思いました。
それとKKKが出てきてびっくりしました。大学の授業で見た「ミシシッピー・バーニング」の知識が役立ちました。衝撃が大きすぎてもう見返したいとは思えないけれど一生忘れないと思います。


チャーリーとチョコレート工場」もたまらなく好きです。原作も面白くて映像も面白いって最高だと思います。特にリスのシーンがお気に入り。
この間まではまっていた忍たま乱太郎の劇場版「忍術学園 全員出動!の段」も何回も見ました。細部までこだわって時代考証されていて、面白いだけじゃなくて勉強にもなりました。


「あの頃、君を追いかけた」。台湾版はヒロインの透明感が信じられないほどで、ラストシーンが無敵に素敵でした。私の過去の恋も報われた気がしました。
そんなタイトル回収ありなのか?!とラストが衝撃的すぎたのは「湯を沸かすほどの熱い愛」。自分が死ぬことについて考える時、必ずこの映画のことを思い出します。
「恋妻家宮本」はエンディングがとても良くて、あのエンディングだけでも見る価値は充分にあります。職場でも同僚におすすめしました。

エンディングが良いと言えば、「白雪姫と鏡の女王」も。ヒロインが強くっても良いでしょ、というセリフが新鮮で素敵でした。エンディングは何十回も見ました。


ごく最近のお気に入りは「女神の見えざる手」。ロビイスト、という職業に聞き覚えがあるのでひょっとしたらどこかで予告を見ていたのかもしれません。面白い、のももちろんなんですが不思議な魅力があって気がつけばもう何回も見ています。
今日見たばかりなのは「インデペンデンス・デイ」。宇宙人との攻防はとても面白くていつのまにか惹き込まれていました。手に汗握る、ということを久しぶりに思い出しました。



今まで本当に映画を見ずに生きてきて、名作もあまり知らないので、はまっているこの機会にたくさんのものを知りたいなぁと思っています。

いつだっておめでとう

職場で結婚ラッシュが続いており、今年に入って6人目の結婚を知りました。
結婚と聞くと不思議な気持ちになります。
私には必要がなくてでもどこか憧れていて、例えるなら想像上の食べ物を思い浮かべるような気持ちになります。



昔こんなことを書いていました。

相手を傷付けず、自らも傷付かず、相手のことも嫌いにならない。その選択肢が結婚に含まれていれば、結婚してもいいな、と思えるようになるのでしょうけど。
私には、まだ遠い先のことのようです。

この文章を書いた時のことはよく覚えていて、今読み返しても割ときちんと書けているなと思いました。
今の気持ちも、あまり変わりません。



私は、絶望しているのかもしれません。何よりも私自身に。

そして離婚すれば必ず傷付く人が出てくる。私はそれも怖いです。日頃、こんなにも自分中心に生きている癖に。
おそらく、傷付けることが怖いなんて言っているのは建前で、一度は愛すであろう人に傷付けられそして傷付ける勇気すら持てないのです。



正直あまり良く書けていませんが、私が結婚とそれをしたくないことについて、最初に書いたのがこれ。



この文章を書いた時に、親のことを書いています。
今の気持ちと全く同じかと言えばそうでもないのですが、中学2年生の時の両親の喧嘩は、私にとってはかなりのトラウマとなっています。
それももちろん、結婚したくない理由の1つです。



これだけ、結婚について書いていると、逆に自分は結婚したくてたまらないのかなとも思えてきます。ただ、結婚生活を描けないのは本当で、一人で生きていく決意も嘘ではありません。
結婚という言葉を聞くたびに心が波打って、私には一生手に入らないかもしれない気持ちを味わう人に嫉妬しているのかもしれません。

恋愛も、結婚も、興味を持てない自分は異端だと毎日のように突きつけられている気分になります。
恋愛や結婚こそが幸せなのだから、自分は何も持っていないかのような気分になります。


結婚に理想も夢も描けないと言うより、自分に理想も夢も抱けなくて、結婚の次には離婚が待っている気がするのです。

(中略)

結婚しないと決めた時、だから一人でも生きていけるように強くなろうって決めました。男尊女卑の残る町で、一人で生きていける経済力と精神力を身につけようって決意しました。




経済力はまだしも、精神力は身についているでしょうか。
孤独を受け入れることが簡単とは思えなくて、この程度の覚悟でいいのか分からないのです。



願うことが許されるなら、結婚するすべての人が幸せであれば良いと思います。
そして、私が最期まで孤独を受け入れて、その瞬間に微笑んでいられれば、それが一番良いような気がします。
なにより、いつだって心から笑っておめでとうと言いたいです。

これからも荒波の中

「社会は厳しい」
学生時代、ずっとそう言われてきました。

けれど社会人になって、なんて生きやすいのかと感動すらしています。



学生と呼ばれている間、辛かったのは他人と違うことが許されないことでした。
それは学年が小さいほど顕著でした。
自分が他人と違うのかさえも分からなかった子ども時代、私は学校に心を休める場所なんて持っていなかったんです。
私は天才ではなくて、それ故変だと言われるのもある程度の囲いの範囲内にも関わらず、差異を敏感に感じ取る子ども同士の中で避けられ遠巻きに見られ、毎日が過ごしにくくて仕方がなかったのです。

大人は子どもに悩みなんてないと笑い飛ばしてしまいがちですが、悩みを解決する手段をあまり持っていない子どもにとって、大人にとっては小さなことも、より大きな悩みとなってしまうことは間違いがないと思います。
そもそも、他人の悩みを大したことがないと考えること自体が間違いだとは思いますが。



どうやら自分が他人と違う考えを持っているようだと気付いたのは小学校も高学年になってからで、私はそれまで、どうして自分が避けられるのかも分かっていない子どもだったのです。
中学生、高校生くらいになるとどこが違っていると言われるのかもうっすらと分かるようになり、だんだんと上手く振る舞えるようにはなってきました。それでも、どこかで地雷を踏んでしまう。どうして皆に変わっていると言われるのか分からない。そんなことを繰り返していました。
大学生になった時には、自分は変わっていることを納得はしないまでも受け入れはでき、面白がられる存在となるようにしました。
それでも、協調性を求められる場所ではやっぱりきつくて、そんなことも原因で休学もしたのでした。


休学をして、海外をふらふらして、大学に戻る頃には変わっているというところを強調して武器にすることを覚えました。
年が違うという受け入れて貰うには、違いを明確に出すしかないという考え方になったが故のことでしたが、とても生きやすくなったように感じました。



社会人になった今、周りに恵まれ、「変わっている」とは言われてもそれを個性だと周りが思ってくれるようになりました。
そして私自身が、それを個性として推すことで目立つ存在になろうとできるまでになりました。
協調性だけでなく、積極性や独自性やコミュニケーション能力も求められる社会の中、他人と同じだということ以外を評価されることで私は、自分自身の居場所を見出すことに成功したのです。



長かったです。
私は、自分にはよく分からないものに苦しめられてきました。
これ以上に苦しい社会なんて、どういった場所なのかと思っていました。
しかし、子どもの時のようにスケジュールを全部決められてしまうこともなく、他人と同じでなければ奇異の目で見られることもない場所は、今、とてもとても生きやすい。



だから、あの頃の私に言いたいです。
学生の頃が一番良いなんて、嘘。子どもに悩みなんてないと笑う大人ばかりだったけれど、嘘。
あなたがあなたらしく生きられる世界をつくれるように、今を精一杯生きてって。


もちろん今も、生きにくいと感じることはあるけれど昔ほどじゃない。
たぶん傍目には、私には悩みなんてないように見えるでしょう。それは、過去の私が今の私の分まで苦しみを背負ってくれていたからです。
ありがとう、私。



歳を取ることは怖いけれど、今よりももっと楽になるかもしれない。
だから、希望を見失わずにいたいです。

私の翼

NIGHT WINGという歌を繰り返し聞いています。


中島みゆき氏作詞、その歌詞が好きです。
それから、必死に走っている感じのするメロディーが好きです。

走っても走っても止まってるように見えるのは 何のゆえだろう
泣いても泣いても笑ってるように見えるのは 何のゆえだろう


笑っているように見えても、泣いている人がいる。
これは中島みゆき氏の作詞には共通のテーマで、こういった言葉に何度も救われてきて意識しなければと思わされます。
走っても辿り着けず、泣いても笑って見える。
それは絶望でありながらもしかすると救いなのかもしれない、最近はそう思えるようにもなってきました。

帰っても帰っても帰り着かぬ気がするのは 何のゆえだろう
触れても触れても触れていない気がするのは 何のゆえだろう


「家でも『帰りたい』って言っちゃうんだよね〜」と言っていた上司を思い出します。
帰り着けないのは、そこが帰る場所でないからなのか、帰り着いていないからなのか。
帰る場所は故郷だけではないはずで、私が帰りたいと呟いてしまうのにその場所を思い描けないのは、まだ帰るべき場所に辿り着いていないからのような気がしています。

痛んでも痛んでも人を呼び起こせないのは 何のゆえだろう
黙っても黙っても君だけは聞こえてくれると 願うせいかな


傷ついても人を呼べない、でもそれはあなたが分かってくれると思っているから。
私は、黙っていても聞こえてくれる人はいなくて、だから痛むと人を呼んでしまうのでしょうか。
この部分を読むには、人生経験が足りないと思ってしまいます。



この歌は、答えがないようで用意されているように思います。
私の翼は、掌で眠るしかないような気がします。



工藤静香バージョンは公式で聞けるのでこちらから。

好きな文章たち

何度も、読み返す文章があります。
今の私が、好きな文章と言われた時に思いつく文章たち。



最後の一文が、どうしようもなく好きです。



とてもあたたかい気持ちになれる小説。
18禁だけど!描写もそんなにないので!というか家族の物語だから!
30回は読み返してるし書籍の書き下ろしもとっても良かったです。

魔術師は愛しい家を手に入れる



サンドウィッチマンの富澤さんは天才。
この部分に真理があると思います。

自分が衰えていく一方で、反比例するかのように子供達が元気に成長していく姿に喜びを感じ、もしかしてこれが人生というものなのかもしれないな、とお茶をすすっております。



前職で落ち込んでいた時に救われました。
読み始めたら止まらない。まずは後宮編だけでもよんだらハマります。
漫画もありますが、小説の方が好きです。

薬屋のひとりごと



これらは少女漫画の類だと思っています。
パワフルな文章なので、元気を貰いたい時に読みます。



これからも、たくさん好きなものに出会えていけたらと思います。

これはレスポンス

ここ一年以上、コロナを理由に大いに引き籠もるようになりました。
もともとの引き籠もり体質のおかげで、とても快適です。家にいる罪悪感を感じなくて良くなったのですから。
でも、だから、先月の私が何をしていたのか。半年前の私が何を考えていたのか、一年前の私と何が違うのか、分からなくなっているのです。確かに存在していたはずの私たちを。


だから、最近ふと思いついて、ブログを更新してみることにしたのです。



文章を書いてみたところで、何も変わらないのは分かっています。
けれど、以前の自分の文章を読んでいて面白いのです。
文章が下手くそだったり。これ好きだなと思う書き方だったり。こんなこと思ってたなと思い出したり。共感したり。書いた記憶が全くなかったり。今とは全然違ってたり。恥ずかしくなることを書いていたり。

それでも、全部残していたいのです。
私の、足跡。
自分の考えた跡を、歴史を、残していきたいと今の私は考えています。
誰が得する訳でもなく、ただ私が遥か向こうから振り向いた時に。その時に、ここを確認できるように。



私は知りたいのです。
以前の私が何を考えていたのか。何を考えていなかったのか。日々起きた小さなこと。今と違うこと。これからもきっと同じなこと。
未来の私に応えるため、書ける限りは書いていこうと思います。例えば、綺麗な雲が見えて写真を撮ろうとしたけど上手く撮れなかった、というようなことを。今年の私は十五夜の月を見ていなくて、団子も食べていないなんてことを。



数字は気になってしまうし、喜んでしまうことに変わりはないけれど、自分のためということも忘れずにいたいです。

noteと私の歴史

久しぶりにnoteにログインしてみました。
お知らせを確認すると、「6周年記念のバッジを獲得」と出てきて、要らないなあと笑ってしまいました。

フォローしていた人を確認しました。
私と同じように宣言して辞めている人、アカウントを削除している人、ピタリと更新が止まっている人、アフィブログを始めている人、人気アカウントに成長している人。
noteが好きだった過去の自分には想像も出来ない世界が今の世界で、なんだか面白いです。



確認してみたら、2015/5/21。それが私がnoteを始めた日のようです。
大学の図書館の片隅で、noteを更新していたのを思い出します。苦しくて、寂しくて、だから救いを求めていたんです。
あの頃、毎日スキをくれた方、ありがとうございました。本当に救われました。



その後こういう考えていることを文章にしたものを書くようになって、4ヶ月くらいでフォロワーが100人を超えました。
あの頃は、フォロワーの数をとても気にしていたことを覚えています。



コンスタントに文章を書くようになりました。
好きな文章を書く人がいました。コメントをくれる人がいました。親近感を持つ人がいました。
タイムラインには他のどこにもないあたたかい空気感があり、私はnoteが好きでした。
間違いなく、私の支えでした。



そして、ブームが来ました。
noteにとってはリリース直後以来の2回目のブームだったようです。
人が溢れました。記事が溢れました。
有料記事で稼ぐ儲かるといった記事が増え、人口が増え、毎日フォロワーが増えました。
そんなことからは目を逸らして、私は文章を書きました。
スキがつくのが嬉しかった。フォロワーが増えるのが嬉しかった。
そして、私のnoteはおすすめには載りませんでした。それを気にしていました。



次第にブームは落ち着きました。
しかしその頃から、私はnoteという媒体に距離を感じていたようです。
だんだん、他人の文章を読まなくなっていきました。
プレミアムも始まって、私が求める場所とは変わってきていました。



当時フォロワーは450人を超えていたはずです。
(これは自慢なんですが、公式からのおすすめにも載らず交流も全くと言っていいほどしていないのに、ここまでフォロワーが増えたって当時結構すごかったと思ってます。)
2016年10月、更新がガクッと減っています。
ちょうど休学して1年。振り返ると、おそらく私の中で何かが掴めたようです。もしくは手放せたようです。そう、思います。


それでも細々と、思い出した時に更新していました。
考えた時に考えたことを吐き出す場所として、手放すことは出来なかったのです。



そして、2020/8/15。
なんだか違和感を持っていた運営への不信感と、私の求める場所ではなくなったことが理由で、私はnoteにさよならをすることに決めました。



ブログはnoteがいつ閉鎖してもいいようにバックアップとして作っていて、記事もほぼ同時更新していたので、こちらに居場所を移すことにしました。
そして今があります。



今は、ブログが楽です。
思ったことを書いていくだけの、つまらないブログですが私にとっては居場所なのです。

彼の人へ

片恋の話をします。
彼のことを書くのは、できればこれが最後にしたいと思っています。



彼と出会ったのは、中学3年生の時でした。
そして好きになって、高校は別々、成人式の時にちらりと見かけたくらいでそれっきりです。
彼が初恋という訳ではなく、けれど今までで一番好きだったことは間違いがありません。
幾つか彼について書いた記事はあるので、リンクを掲載してこれ以上は言及しません。果てしなく長くなりそうなので。


tyuruyuuka.hatenablog.com

tyuruyuuka.hatenablog.com

tyuruyuuka.hatenablog.com

tyuruyuuka.hatenablog.com


そして、そんな彼の現在を知ってしまいました。
彼の空気感は変わっていませんでしたが、彼は、どうやら変わっているようでした。

彼は、ひどく自信なさげでした。
自分のことを「こんなだから」と表現し、絶望の空気と諦めの気配を漂わせていました。
「たった一人でいいから自分を好いてくれる人が目の前に現れて欲しい」
そう願う彼は、中学生の頃の私のことなど覚えていないのでしょう。
目の前に果てしなく広がっていた大きな未来を何の気負いもなく自分のものにしていこうとする彼に、私は惹かれていたのです。

私の知っている彼は、思春期に特有の自信とそれゆえの傲慢さとそれと相反しながらも共存する脆さを持っていて、そんなところが好きだったんです。
いたずらっぽく笑う屈託のない笑顔と、その顔に時折落ちる陰が好きだったんです。



だから、変わってしまった彼に私は驚いてしまって好意すら驚きに変わってしまって、そんな自分も悲しいです。
そして、どんな人間であっても、人を貶めてはいけないんです。例え、それが自分自身であっても。
私の好きだった人を貶めるのはやめてと私は叫びたかったんです。




今のあなたを知ってからも胸の高鳴りが止まらないくらい、私はあなたが好きでした。
勇気の出なかった自分自身を責めた夜が何度あったか。背中を思い出して切なくなったこと、道行く人にハッとして振り返ったことも何度も。細い綺麗だった指や一度だけ名前を呼んでくれた声を思い出して胸を苦しくして、電車の中でバッタリ再会しないかと期待して。
自信のないあなたを今すぐ抱きしめたい。あなたには価値があるんだよって何回でも言い聞かせたい。
でも、私は、今のあなたに恋はできない。



あなたも変わり、もちろん私も変わってしまった。



ありがとう。好きでした。
ありがとう。こんなにも、人を好きになれる私を教えてくれて。
ありがとう。どうか、幸せに生きて。


そしてどうか。あなたをすっきりと忘れられますように。