ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

出会わなければよかった人などないと笑います。

noteと私、そして私だけ

先日、noteをやめました。
noteは私にとって大切なもので、でも近年はそうでもありませんでした。
ずっと更新もせず、もう更新はしませんと早く言おうと思いながらもずるずるとしていた時、例の騒動が起こったのです。


それをきっかけにすっぱりと、私はnoteを去りました。
その時の文章を、もったいないのでこちらにも残しておくことにしました。



noteは、色々と言われた媒体でした。


稼いだ人もバズった人もnoteをきっかけに連載を始めた人もいました。
でも、私のようにひっそりと、知らない人の文章や絵や写真やその他を楽しんでいた人もいて、独特の雰囲気があり、幾らかの人にはなくてはならない救いになったメディアでもありました。


楽しかった。救われた。でも、もう私の居場所じゃない。

note、さよなら。



ーーーーーーーーーーーー(noteに8/15掲載)ーーーーーーーーーーーー


noteからメールが来ましたか?
私には来ました。重要なお知らせ、ってやつです。
それを見て、決心がつきました。
もう、ここは私の場所じゃない。


noteを始めたばかりの頃、よく覚えています。
面白くない大学の図書館のソファで、短歌を投稿していました。
あの頃、たった一人だけ毎回スキをくれた方、今頃どうしていらっしゃるのでしょうか。あなたのお陰で、私はなんとか自分を保っていたような気がします。ありがとうございました。


それから、エッセイみたいなものを書くようになりました。
少しずつフォローしてくれる人が増えてきて嬉しかった、あの頃はフォロワー100人を目標にしていました。
いつの間にか100人を超えていて、毎日投稿したりしなかったり。


自分の書いたnoteを紹介してもらったりコメントをいただいたり。
スキの数を気にしたり一度もおすすめに載せてもらえないことを気にしたり。
noteが好きでした。色んな人がいました。
たくさんの文章を読むことが好きでした。
思い切ってコメントをすることも嫌いじゃありませんでした。
コメントをいただくと飛び上がるほど嬉しいものでした。
自分の考えていることを読んでもらえる喜びを知りました。


あれは、休学後大学に復学した頃でしょうか。自分の考えていることを他人に理解されなくても苦しくなくなったのは。
そして、それと同時に私はnoteを居場所とは思えなくなってしまいました。
それは心の変化ももちろんでしたが、noteが変わってきたのも大きいことでした。


集まる人や雰囲気やタイムラインの速さがどんどん変わっていっているのを感じていました。
初めの頃、何度スクロールしても更新されなかったタイムラインは、追うのにやっとというくらい速くなりました。お金を稼ぐ方法について書く人が増えました。有料プランが始まりました。
私は、置いて行かれていました。いえ、着いていくのを止めたんです。


そして、早くnoteの更新はもうありませんと書こう、と思いながらもダラダラと時間が過ぎていた昨日、メールが来たんです。


本当にありがとうございました。お世話になりました。
私を救って、支えて、励まして、自信をくれたnote、そしてたくさんの人たち。
私は、違う場所へ移ります。
そちらも更新頻度は全然高くなくて、全然読んでくれる人もいなくて、でも自分だけのブログだから思い出した時に更新したりしています。


ありがとうnote。
願わくば、私が大好きだったこの場所にいた人たちが、それぞれの場所で幸せでありますように。

フローラ

昨日、指輪を買いました。
一月前に一目惚れして、迷ったけれど思いきりました。
そう、私はいつか死ぬから。



以前に書いたのですが、私は、見るたびに死を思い出せるようにこの指輪を買いました。

生きているのは当然じゃなくて、死ぬことを含めて生きていることだから、だから、常に私の中にあり続けている死を思い出せるように。
そして、そんな自分を好きでいられるように。

自分へのご褒美というよりは、自分への縛めとして。



上を見ればものすごく高いとは言えないけれど、とても安いとは言えない値段でした。

職場でつけるには少しデザインが凝っていて、小さいけれどダイヤも3つ。見る人が見れば誰もが知っているブランドの名前が一発で分かる、存在感のある華奢なデザイン。

私の指とブレスレットともう一つの指輪に良く似合うイエローゴールドの輝きに、私は死を見ることにしたのです。



もともと30歳になったら指輪を買おうと思っていて、一目惚れしてしまったせいでそれを前倒ししてしまいました。
後悔なんてこれから先もずっとしないって言ったら嘘になってしまうかもしれないけれど、でも今はしていません。


一生大事にできるって思って選びました。
サイズも相談して、迷って決めました。(アドバイザーのIさんには心からの感謝を。)

だから声を大にして自慢します。


世界で一番私に似合うリングを手に入れました。生を享受することを当たり前と捉えない自分とともに。



願わくば。


この指輪と生をずっと大事に出来ますように。
この指輪が、私を守ってくれるリングであり続けますように。

来年も、特別じゃない誕生日を迎えられますように。

自炊の記録

何かの記録に、私の自炊生活を。



ご飯。

1〜2週間に一度炊く。白米に15穀米、それに好きな押麦をプラスして加えて。
同時にお米の半量の乾燥大豆を別茹でする。茹で上がるとだいたい倍になるので、炊いた米と混ぜて一食分ずつラップで包み、冷凍。
大豆を別茹でするのは、炊飯器で一緒に炊くと臭いが気になったから。



おかず。


1〜3ヶ月に一度、一人暮らしとは絶対に思われないであろう大量の野菜を買ってきて大量の野菜炒めを作る。
醤油味、味噌味、中華風、サバ缶入り、ツナ缶入り、油揚げ入り、いりこ入り、トマト缶入り、ひじき入り。肉はあまり食べない。サバ缶の方が美味しい。
それをチャック付きの袋に入れて平べったくして冷凍。



味噌汁。


1〜2週間に一度、味噌玉を作る。
味噌は1〜3種類を適当にブレンドしたりしなかったり。
必ず入れるのは、かつお粉、しいたけ粉、昆布粉、生姜パウダー、わかめ、きな粉、すりごま、干し野菜(大根葉、ほうれん草、人参、大根)。
入れたり入れなかったりしてバリエーションをつけるのは、高野豆腐、麩(小さい丸いのと、少し大きめの)、板麩、めかぶ、昆布、七味唐辛子、柚子入り七味唐辛子、柚子胡椒、かんずりコチュジャン
作ったら一食分ずつラップで包んで冷蔵庫へ。



仕事のある日。朝。


弁当箱はジップロックスクリューを使っている。汁漏れしない。最強。
が、落としたりレンジ失敗したりと何度も駄目にし、今は一番小さいのが2つとそれより一つ大きいサイズが一つで回している。

ご飯、味噌玉を一つずつ。
そして冷凍していたおかずを砕き、詰める。
以上。
これで弁当の出来上がり。



ご飯は冷凍したまま持っていって、食べる前に電子レンジへ。夏場も全く傷まないどころか冷房あるので溶けきっていない。
味噌玉は、お湯を注いで混ぜて味噌汁の完成。出汁をきかせているので美味しい。隠し味で楽しくなったりする。
おかずは解凍後はかなり少なくなるので、ぎゅうぎゅうに詰めていく。一種類しか持って行かないが、何も不満はない。美味しい。



休みの日は、ご飯におかず載っけて電子レンジへ。丼ものが大好きだから大満足。
雑炊も好きなので、水を加えて適当に混ぜて雑炊にしたりもする。これも美味しい。



豆ご飯にするのは、タンパク質を嫌でも取れるから。
タンパク質を取るとお腹が空きにくい。これは本当で、試してみた時に感動したので続けている。豆は意識しないと全く取らないし。


そんな訳で、私は休日、それもたまにしか料理はしないが完全お弁当生活。
かなり楽なのにちゃんと美味しい。大事です。

足跡として

一時期、毎日ブログを更新していた時期がありました。
自分の考えていることを自分以外の誰かにも知って欲しいと、そんなことを考えていたような気がします。

そんな気持ちがなくなったのは、たしか、休学を終え、大学に復学した頃。
すとんと、何か憑き物でも落ちたように、他人の理解を得ようとはしなくなったのです。



それがどうしてなのかは私自身にもよく分からないのですが、その頃から、私にとって世の中が少しばかり生きやすくなったことは確かです。



それまでは、もがいていたような気がします。
誰かが、私の思いを行動を理由を、そして私自身を、理解してくれるような気がしていました。探していれば、きっと。

けれど、そんな人は見つからなくて、苦しくてもがいて、もがいても出口が見つからないことにあがいて、そうすることで自分の首を絞めることになって。



苦しんでいたはずのある時、それが必要ないと気付いてしまった。
他人の理解などなくとも、私は生きていける。それが私自身の自己肯定感や生き方や生きやすさには関係ない。


それは、見えていなかった私自身の真実でした。



他人の理解を得ようとしなくなって、本当に生きやすくなりました。私自身が満足できることだけを考える生き方は、本当に楽。

例え我儘に他人の目に映るとしても、私の生きづらさを代わってくれる人は誰もいないんです。


だから、自分のことを大事にする生き方を手に入れた私は、確かに強くなったような気がします。



今は、書きたいという衝動で書いています。
誰かに届けとか評価を得たいとかではなく、今、この気持ちを保存しておこうと思っています。

それは未来の私のため。
そして、書くことで安心する今の私のため。



これからも、私は、力を抜いて生きることにしていて、その私の足跡が、このブログになればいいなぁと思うのです。

いつか死ぬとしたら

最近、いつか死ぬんだなぁと考えています。



先月、妹があやうく死ぬところでした。
あのままだったら助かる可能性は50%でした、と手術担当医に言われました。

そして昨日、私の心臓は不規則な脈打ち方をしました。
病院に行って薬をもらいました。


死ぬことについて考えるのが連続しています。



先日、「エリザベート」にはまりました。

エリザベート」。知っている人にはあまりにも有名なミュージカルですが、簡単に言うと、死(トート)がオーストリア皇后エリザベートに恋をする話。


考えても考えても底の見えない物語なのと、私よりも長く深く愛している方がたくさんおられるミュージカルなので何を言っても見当違いかもしれませんが。

エリザベートは、死によって『自由を求め続けること』から解放されたんじゃないか、って思うのです。
自由を求め続ける自分というのにも束縛されていたエリザベートには、自由を求めなくとも良くなった死が解放だったような気がするのです。

そして、それは、たぶん私にとっても同じ。


私はまだまだ生きているつもりで、それでも、生きているって幸運なことなんだなぁと感じました。


それから、買うかどうかを迷っていた指輪を買うことに決めました。

私は、自分の好きな自分で少しでも生きていたいって思ったんです。考えなくても死を受け入れられる自分でいたい。


だから、まずは指輪を買うことから始めようと思いました。見るたびに死と向き合えるように。



死ぬのって、怖いんでしょうか、痛いんでしょうか。

死ぬのは怖くないけれど、痛いのは嫌です。


どうか、いつか辿り着く途の先で、私が得られるものが安らぎでありますように。

雨のせい

男の人は、いいよね。
って午後中ずっと思っていました。


男性は異性から重視されるポイントが歳とともに変わっていくが、女性はずっと変わらない。

そう、聞いたことがあります。

小さい頃は運動神経、もう少し成長すると顔、社会人になると収入や所属といった、どこか一つで秀でられればどこかで女性にモテる。
反対に、女性が重視されるのは、生まれ持った容姿のみ。



社内の共用メールに、なぜか残っていた個人宛のメールを見てしまって。
可愛らしい先輩と自分との扱いの差に、見なければ良かったと後悔してから、心が黒く染められるのを止められません。



分かっています。

お人形さんのような顔をしたあの人が体型を維持するために努力していることも、どこに行っても振り向かれるような長身美形のあの人に辛い過去があることも。

それでも、こんな日は、どうしても心が醜く歪んでいくのを止められないでいます。
私だって、美しく生まれたかった。


そう思ってトイレの扉を開けると、綺麗な人とすれ違って、自分の心の真っ黒さにまた憂鬱になって。



分かっています。

生きやすそう、と言われる私だってこんな気持ちになるのだから、他の人たちだって辛い思いをしているに違いないってことも。
他人から見るほど人生なんて甘くないことも。
きっと誰にだって起き上がることすら億劫な朝があることも。


分かっているけど、

女の子は愛嬌が大事と言いながら、本当に可愛い女の子だけを選んで話しかけに行く上司もいます。
仕事が出来て誰にでも可愛がられている美しい先輩が眩しすぎて直視できません。
飲み会で私だけ彼氏がいるか聞かれませんでした。


ねぇ、なんか、全部全部、黒くて、真っ黒で、もうどうしようもなく心が汚れていくのが止められないんです。



分かっています。

毎年、梅雨時は憂鬱になる。

妬みも僻みも嫉みも、きっと、雨のせい。
きっと美しければ良かったなんて、明日晴れれば忘れている。
何の悩みもなさそうなんて、嗤われながら。


全部、雨のせい。

カウントしましょう

まだコロナが話題になり始めたばかりの頃、職場で、感染者数を数えている先輩方がいました。
「○人超えましたよ」「やばいよね〜」
という会話が交わされていました。

 


T係長は、今でも、仕事が終わると同時に
「今日は何人だと思う?」
と東京の感染者数を教えてくれます。


また、もし今の状況で富士山が爆発したら、大地震が起きたら、と最悪の事態について話題を提供し、周辺の空気がどんよりと沈みます。

 


そんな中、既に感染者数のカウントをしなくなった先輩のIさんが、産休に入りました。


最終日、この状況では病院も大変ではないですかと聞いてしまいました。
そうしたら、既に、入院してからは面会ができないと言われているそうです。当然出産の際の立ち会いもなし。


初産なのに一人ぼっちで、Iさんは、産みの苦しみに立ち会わなければならないんだなと思いました。
どれだけ出産が不安か、そして今のこの状況でウイルスに侵されてしまったら自分も子どもも危険という環境がどれほど怖いか、私には想像が出来ませんでした。

 

 


いつまでこんな自粛が続くのか、先が読めなくて時々暗くなります。
でも私の職場は優しい人ばかりで、先述のT係長と先輩のKさんは、マスクを1枚も持っていない私にマスクをくれました。
余裕がある人が多いのは、会社が安定していることも多分に関係しているのでしょう。

 

 


今朝も電車は空いていて、間隔を空けて座ることが出来るほどです。駅も車内も広告の数がとてつもなく減っていて、大不況の予感しかしません。


私達はこれからどうなるのでしょう。


明日がどうなるのか分からない、なんて今までだってずっと同じだったはずなのに、どうしてこんなに怖くなってしまうのか。
一人だけ生き残るのも一人だけ死んでしまうのも嫌だなんて、そんなわがままがこの先通るか分からないけれど、手の届く限りの人とは助け合って生きていたいです。

WEB漫画(無料) おすすめの5作品

自信を持っておすすめできる、しかもネットで無料で読めてしまう漫画をご紹介します。

 

 

○働かないふたり

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(働かないふたり@吉田覚)

 


題名の通り、働いていない兄妹のお話。
世の中悪いことだけでも悪い人ばかりでもないと思えてくる、やさしいお話。

 

キャラが増えていくと面白くなくなるものは漫画に限らず多いと思うのですが、面白さが崩れないんです。
どのキャラにも個性があり、背後の生活があり記憶があり、悩みを抱え生きているのが伝わってきます。
それに勇気を貰えることもあります。クスリと笑ってしまうこともあります。ほろりとなってしまうことも、あほだなーと思ってニヤつくこともあります。


とにかくおすすめ。もっともっともっと有名になって欲しい。

 

私の好きなキャラは倉木さん、私もここの家族は箱推ししています。
全てではないけれど、無料でたくさん読めます。

 

https://kuragebunch.com/episode/10834108156697642934

 


○休日のわるものさん

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(休日のわるものさん@森川侑)

 


ストーリーに漂うゆるゆる感が好きです。
何気ない日常は、わるものさんにとっては未知なのだなぁとほっこりします。

 

今キャラクターが増えてきていて、もっと面白くなってくれると思います。
どのキャラも可愛くて好き。
のほほんと読める素敵な漫画。

 

LINEスタンプも速攻で買ってしまいました。使い勝手良いです。
グッズも欲しい。パンダかわいい。

 

https://www.google.co.jp/amp/s/comic.pixiv.net/amp/works/5360

 


○幸せカナコの殺し屋生活

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(幸せカナコの殺し屋生活@若林稔弥

 

 

独特のリズムというか勢いがあって、それが癖になります。
殺し屋って題名の通り殺し屋の話なんですが、全く怖くはないです。というかコメディ。

 

カナコも全然完璧じゃなく、悪いところも劣っているところもあって、でもそれは長所にもなるんだなぁって感じられるクスリとできる作品。元気が出ます。

LINEスタンプも2つ出ています。

 

https://sai-zen-sen.jp/comics/twi4/kanako/

 


○仲の悪い許嫁の話

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(仲の悪い許嫁の話@鉢谷くじら)

 

 

キュンキュンしたい?ならばこれ!!
恋のお話?ならばこれ!!


甘酸っぱくて可愛くてムズムズしてキュンキュンする、思わずにやけちゃうお話です。

 

もう何度も読み返して、ときめきを補給しています。
まだまだ続くどころかたぶんこれからが本番のような気がしているので、目が離せないです。

 

https://twitter.com/i/events/1043793267504996354

 

 


○夕茜流転


f:id:tyuruyuuka:20200424100931j:image

(夕茜流転@白桜志乃)

 


歴史物は基本的には苦手なのですが、キャラクターの成長とともにぐいぐい読めてしまう不思議な引力があります。


歴史あり、日常あり、恋愛ありのとっても欲張りなお話。
全てにおいてバランスが崩壊していないのは、作者さんが凄すぎるなぁと毎回思います。

 

作者さんの人柄の伝わってくるあたたかいサイトで更新されています。
好きなキャラは六郎と八重ちゃん。
かれこれ4, 5年読んでいます。

 

https://utuginomichi.gokenin.com/

 

 


以上、5作品でした!


小さい頃漫画に触れてこなかった反動でWEB漫画を読みまくっており、軽く150以上は更新を追いかけている漫画があります。


その中からまとめてみたのですが、ネットでの掲載が終わったものもあって本当はもっと紹介したかった作品もたくさんあります。また気が向いたら、そういうのもまとめておきたいなぁと思います。

断食・砂糖断ち・塩断ち

断食・砂糖断ち・塩断ちの効果。
こういうのが好きで繰り返してきたので、自分の備忘録としても。


●断食
(効果)減量
(副作用)・頭痛、眠気
     ・翌日爆食したくなる
     ・すぐにはいつもの食事に戻れない
     ・1日断食は、前日の食べ過ぎをカバーする程度


効果は、減量に尽きるでしょう。
ただし、1日くらいの断食は、前日食べ過ぎたのをカバーする程度で、本気ならば3日は頑張らねば意味がない。
そして何より、断食1日目の昼過ぎ、頭痛と眠気に襲われます。これは絶対。
私は断食をしすぎたのか慣れてきて、今は夕方くらいに頭痛がきます。もう慣れたものではあっても、やっぱりきつい。

そして宿便が出る人も多いみたいだけど、私は食べないと出ない作りなのか、3日断食しても全く出ない。

 

●砂糖断ち
(効果)・浮腫みがなくなる
    ・顔の吹き出物・にきびが治る
    ・睡眠時間が少なくなる
(副作用)・外食はできない
     ・食べられるものが少なくなる
     ・砂糖が入ってないものは高い


体に良いことをしようと思うのならば砂糖断ち。
私は始めて2ヶ月目に、効果に気付きました。
立ち仕事で足の浮腫みに悩まされていたのが全くきつくなくなり、吹き出物やにきびはなくなり、アラームなしで眠ると10時間睡眠だったのが8時間で起きられるようになっていて。
ちなみに、砂糖を食べると翌朝に吹き出物やにきびが出現することが分かったので、今は食べたその夜にはマッサージをしてから寝ます。これで9割は抑えられる。1割はダメ。

きついので休みの日は砂糖OKにするとストレスが溜まらない。

なお、副作用としては食べられるものが極端に減ること。
私の場合は「糖」とつくものを全て断つので、パンやお菓子、辛いものを始めとした売っているものの85%は厳しくなります。
慣れると、見ただけでその製品に砂糖が入っているか分かる特技が身につく。

 

●塩断ち
(効果)・浮腫がなくなる
    ・減量
(副作用)・3日は続けないと効果がない
     ・してもいいのは3日まで
     ・味のあるものが食べたくなる


断食はきついしお菓子好きだもんな〜、と思うあなたに朗報。
塩断ちは、ぶっちゃけ痩せる量だと断食に匹敵します。まぁ、浮腫みが落ちるだけなのだけれど。
1日では分からないけれど、3日間一切の塩分を控えると4日目の朝トイレで驚くことになる。
味噌や醤油が駄目になるので、味のあるものに飢えます。
酸味のあるものを食べて自分をごまかしましょう。

 

なお、塩は身体に必要なので、してもいいのは3日まで。

 

おすすめなのは、絶対に砂糖断ち。体質変わります。
塩断ちは定期的にしましょう、って感じです。塩分を摂りすぎていたことが分かります。
食べ過ぎたからご飯控えめにしよう、くらいの感覚で私は断食はちょいちょいします。休みの日以外は砂糖は摂らない生活で、塩断ちは時々嗜む程度。
ぜひ、とは言わないけれど、すれば快適です。

私とあなたの幸せの定義

私の部署は女の人が6割ほどで、週に2回、一緒にご飯を食べます。


その時にするのは、恋愛の話。ほとんど恋愛の話です。


合コンに行った、付き合うことになった、結婚したい、2人で旅行に行った、結婚することになった、指輪を買った、etc.


私はほぼ無言で、会話にはいる機会もはいる気もなく、そんな話を聞いています。
恋愛して、結婚して、子どもがいて、そんなことだけが幸せなのだろうか……と疑問を抱えながら。

 


恋愛の話ばかりする女の人は、本当は存在しないのだと思っていました。まさか、実在したとは。
昼休みの大半が恋愛の話で消えていくことに、最初の頃、純粋に驚いていたことを思い出します。


今は、諦めとともにすっかり慣れてしまいました。

 


いいえ、いいのです。そんな考え方があっても。
私が大切に思っているものを嫌いな人がいても、私が嫌いなものを愛している人がいてもいい。


ただ、幸せの定義を一律化した雰囲気が苦しいです。


恋愛も、結婚も、興味を持てない自分は異端だと毎日のように突きつけられている気分になります。
恋愛や結婚こそが幸せなのだから、自分は何も持っていないかのような気分になります。
そうではないと思いながら、でも私の思う幸せを追求していっても、遠くはない将来に「あの人は幸せではない」と言われると分かってしまっています。


「それでも幸せそうだ」と思っていて欲しいのに。

 


どう思われようと、私が幸せであることには変わりありません。だから、いいのです。
……そう思えるほどにまだ強くなくて、周りの目を跳ね返せるほどでもなく。
私の幸せの定義は私にしか分からないはずなのに、どうして万人の幸せの定義をあの人たちは決めるのでしょうか。

 


また、きっと、今週も来週も恋愛の話。
私は、上手く笑っていられるでしょうか。