ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

ちゅるゆーかの頭の中

出会わなければよかった人などないと笑います。

私だけ馬鹿みたい。

私だけ馬鹿みたい。

私だけ馬鹿みたい。

 

誰も来ないDiscordのサーバーで、毎日ポツンと上がり続けて、馬鹿みたい。

誰も来てくれないのに、AさんもTさんもあそこを必要としなくなったのに、馬鹿みたい。

私だけここを守るなんて息巻いて、馬鹿みたい。

守る必要なんてない、だって誰も必要としていないんだから、馬鹿みたい。

 

 

みんなみんな、他所に居場所があるから来ないだけなのに、自分から上がってこれない人もいるからって上がり続けていて馬鹿みたい。

 

 

誰も必要としていないなら、潰してしまおうかな。

でも、GさんやMさんやBさんと喋れなくなるのは嫌だな。

でも、MさんやBさんと喋るには、私が待っていなきゃいけないんだよね、馬鹿みたい。

私だけすっごく暇人みたい。

Discordごときで、食欲を失って胃が痛いなんて馬鹿みたい。

 

 

馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたい。

もう嫌だ。

どうして鯖主になんてなったの。

責任なんていらなかった、ただ楽しくお喋りしていたかった。

 

 

 

もう勝手に出て行けよ、話したくないんだ最近AさんともTさんとも。

Tさんなんか、耳が暇な時にしか来ないじゃねーか単純に飽きたって言えよ。

 

もういい、さよなら二人とも。

 

 

 

疲れた、疲れた。

馬鹿みたい、もう知らない。

私は自由にやるぞ、もうあんたたちなんて知らないんだ。

 

 

執着と否定

1月の前半はひたすら病んでいたんですが、その期間を乗り越えて、やっと、私自身の中ですんなり受けられました。

 

私は、生まれてこない方が幸せだった。

 

 

 

生まれてこなければ良かった、とは少し違います。同じ気もするけれど、そこまで否定的なものではないのです。

生まれてきたことで、たしかに幸せだと感じたことも出会えて良かった人もある。けれど、生まれてこなかった場合の幸せの方が、生まれてきた幸せを上回っていると感じるのです。

生きていることを否定はしない、ただ、私自身を2つの世界で比べた時に、もう一つの世界のほうが幸せだったはずなんだ、と憧れを抱いているにすぎないのではと考えます。

 

反出生主義とも違います。

私は子どもを産みたくないと思っているし、自分の遺伝子を残したくはないけれど、でも、別に人が生まれるべきではないとは思わないから。

生む自由もあるし、きっと生まれてよかったと思える人もいる。

私以外の人のことは、正直、興味がありません。

 

死にたいとも違います。

たしかに、死ぬ前に痛いのが嫌なだけで、死にたくないとは思えない。いつだってどうなってもいい。生きることは四苦八苦。

死は救済だと思いつつも、いつか救われるならいつか死ぬのは同じなら、今すぐというわけではない、と思います。この生はスタートしてしまったのだから、詮方無い。

 

 

生きていることも肯定したい。

この人生自体は不要だったとは思いません。私がいて良かったという人がいることは、事実として知っています。

けれど、この世で一番死ねばいいのにと思っている人間が、息をしているという事実に私は耐えられなかった。病んでいる時期、苦しかった。

今はそれを抑えつけているだけで、私の本質はきっと、自分自身が生きていることの否定です。

他人がどうとかいうことではない、自分自身に対しての、否定です。

 

 

今までバラバラと頭の中に存在していた考え方に、やっと一貫した芯が通った感じなのです。

死は救済です。生きていることから自由になることです。苦しみや辛さや孤独から、生きていることそれ自体から、自由になれる唯一の手段です。

もう二度と生まれてきたくないのです。煩わしい生をもう二度と経験したくない。

こういった事柄が、やっと、自分の中で一貫した姿をとってくれた。ようやく気付いた。だから、すごく楽になりました。

 

 

大きな変化があって、執着がなくなりました。

人に対しても場所に対しても。

これまで囚われてきたのが嘘みたいに、「どちらでもいい」と思えるようになりました。

楽になりました。

心から、よかった。

日記(2026/01/06〜2026/01/29)

2026/01/06

職場のYさんの口が明らかに悪くなってきている。私の影響だと考えるとおかしい。

 

 

2026/01/12

Discordに上がれていない。

そんな気分になれない。

挨拶のあと、何て言ったらいいのか分からない。

まだ、帰省のあとの病みが尾を引いている。

 

 

2026/01/14

Discordに飽きたのかもしれない。

 

 

2026/01/21

Discordに本当に飽きたのかもしれない。話してても、別にいっかー、ってなるし、話したい!上がりたい!ってならない。結構やばいな。鯖主として。

今日はAさんがまた上がってくるって言ってたのに、Tさんをさっさと落としちゃって自分も落ちてしまった。

あんなに熱があったのに。

どうして。

2025年の私はいないのね。

 

 

2026/01/28

Discordに依存している私を捨てられた。すごい。

 

 

2026/01/29

食欲が明らかに落ちている。またか、という感じ。

前回で、食欲のない私に慣れてしまいました。なんだか切ない。

痩せたいから別にいいのだけれど、今まで食欲旺盛な自分にしか出会うことのない人生だったので、怖い気持ちも抱いている。

土曜日はAのところで新年会なので、きっとたくさん食べるでしょう。

距離

ここ何日か、人との距離感について考えています。

人はそれぞれに当然ながら個性があるから、面白いなと思います。

 

 

 

Discordでよく喋るTさんは他人との距離がバグっていて、自分の個人情報も何でも開示してしまう人間です。

それは分かっていたのですが、最近、それ以上に「加減」が分からない人なんじゃないかなと思い始めました。

YouTubeチャンネルに何を登録しているかという話で、登録チャンネルの写真20枚を5回に分けて貼る。

そこまで要らない。抜粋を適当に口で言ってくれれば十分。

私が全く分からない、自分の好きな専門の話を延々と一人で話す。

まだ続くなら落ちるわ、と言ったら止めた。

自分の給料明細やボーナス明細をアップする。

知りたくない。

仲の良い既婚者の異性と週2, 3回は電話してる。

私のパートナーがそんなことしてたら本当に嫌だと思う。

 

 

 

同じくDiscordでよく喋るAさんは女の途切れたことのない人で、昔は女を引っ掛けまくってた位には女慣れしています。

だから、彼は話しやすいんです。

ここまで、というところから先には入ってこない。でも軽いジャブは打ってきて、売り言葉に買い言葉でぽんぽん言葉を交わせる。

嫌がることはしてくるけど、本当の本当に嫌がることはしない。

マメで、サーバー内のチャンネルも動かすしリアクションもするし、割と気軽にDMもしてくる。

こういうところなんだなぁと思います。引き際を間違っていない。

マメな人がモテるというのは間違っていない。

どこに行っても引っ張られる人です。

 

 

 

昔、中島みゆき氏のCDを貸してと言われたことがあって、3枚選ぼうとした私に、1枚にしなさい、と言ったのは母親でした。

おすすめを聞いてたくさん返ってきたらうんざりするんだから。おすすめの作家を聞いて貸して欲しいと頼んだら、10冊くらい渡されて読む気をなくしたことがあるから、って。

他人に話す時の加減、差し引き、そういうのって大事だなと大人になればなるほど思います。引き算が大事な気がします。自分が大事なものは、それほど周りも大事ではない。

距離感を間違えてしまうと自分も他人も不幸になる。

それを教わったのは、あのCDでした。

 

 

 

引き算を大事に、足しすぎなくて、良い関係を築いていける人になりたいです。

明日も生きている。

自分のことが嫌いです。

いなくなれば世界から害悪が減ると思っています。

でも、この卑屈さも、嫌がられるって知っています。

だから、害悪を減らすためにいなくなればいいって思っています。

自分が生きていることが、許せない時があります。

走っている車の前に飛び出してしまいたい時があります。後ろから走ってくる車が轢いてくれないかなと思う時があります。

 

自分のことを愛せない人間が、他人のことを大事に出来る訳がないと思います。

自分のことも愛せなくて、生きている意味なんてあるのかと思います。

自分のことを自分が愛せないのに、他人に愛してもらえるわけなんてないと思っています。

他人に愛してもらえないことを気にしているばかりの自分も嫌いです。

 

自分の性格が嫌いです。

気が強くて、トゲトゲしいところが嫌いです。

抱えきれないほどの感情に振り回されるこの心が、体が、もっと耐えきれるようであれば良かったと思います。

多すぎる情緒を、自分でも処理することが出来なくて、いっそ何もかも感情がなくなればいいのにとか思うことがあります。

 

他人に優しくなれないのに、愛されたいなんて思っている自分に吐き気がします。

見た目も性格も自分のことが嫌いで、どうして愛してもらえるつもりでいるのか矛盾に苦しむ時があります。

見た目が全てじゃないのに気にする自分が鬱陶しいです。

でも、このひねくれたねじ曲がった性格を好きになる人なんていないと思います。

 

いい歳をして泣いてバカみたいだと思います。

でも、溢れ出る感情をどう処理すればいいのかまだ分からない自分がいます。

こんな性格じゃなければ、世界をもっと楽しめたのでしょうか。こんな見た目じゃなければ、世界はもっと優しかったのでしょうか。

 

自分の呼吸を感じるのが苦しいです。

死ねばいいのに、って思っている人間が生きていることを一番近くで感じていることが辛いです。

この息も、この思考も、止まってしまえば楽になるのにと思います。

 

卑屈さは、他人にとってはただただ迷惑で毒にしかならないのに、卑屈であることでしか自分を表現できない自分が嫌いです。

他人を気にしすぎてしまう自分が嫌いです。

そのくせ、平気であるかのように人前で振る舞えてしまう自分が憎いです。

生きている価値のない人間だと、自分をそう思えてしまう自分が辛いです。

私は人でなしだ。

 

 

明日も生きている。たぶん。

どうして。

家族のこと

「家族を好きになれない」で検索すると、同じように家族を好きでない人の文章がたくさん出てきます。

暴力を振るわれていたり酷い言葉をかけられたりお金を取られたり。では、そのどれにをも当てはまらなくとも、家族を好きになれない私は、なんなのでしょうか。

 

 

 

大学生になって一人暮らしを始めたばかりの頃から、帰省することが億劫でした。

妹は好きだったけれど、両親のことは好きとも思えなかった。そして今となっては、妹のことも好きではなくて、大して関心を持てない。

酷いことをされた訳ではありません。むしろ、愛情を掛けて育ててもらったと思っています。それでも、好きになれない。

どうしてなのか分かりません。

嫌いではない。でも、好きでもない。

他人程度の関心しか持てない。何をしているのか何を考えているのか何の病気なのか。興味も沸きません。

妹は家族を愛していて、それを見て、私はやっぱり欠陥品なのかもしれないって改めて思ってしまったお正月でした。

 

 

 

些細なことで妹を許せなくて、何もないのに両親を好きになれなくて、私は、人としてあるべきものではないのかもしれないって思います。

人間として大切なものが欠けてしまっている、ナニカ。

 

私は、私は自分のことをやっぱり好きにはなれない。

人でなし。

何かが欠けている。優しさとか罪悪感とか思いやりとか丁寧さとか、愛とか。

 

せめて容姿を好きになれれば良かった。

せめて性格を好きでいられれば良かった。

どちらも私にはないから、自分のこと嫌うしかないけれど、私まで嫌いになってしまえば、他に誰が私のことを守ってくれるのでしょう。

恋人がいたことがないのが、たしかにコンプレックスになっているのだと思います。私には好きになってくれる人がいない。自分を含めて。

でも、大切にすべき人だって大切にできない、家族のことも好きになれない人間を誰が好きになってくれる人なんていない。

 

 

 

妹のことも、好きでいられないみたいです、冷めた目で見てしまう自分を自覚しました。

妹のことだけは、誰よりも大事だったのに。でも、愛してるという気持ちはいつでもあります。心臓が必要であれば私のものをくれてやる。

それでも、好きかどうか、今話したいかどうかはまた別なのです。

25歳頃までのあの子だけを、たぶん私は愛しているのだと思います。あの時の子が今と繋がっているって知っているから、今でも愛しているのだと思います。

愛している。でも、一緒にいたいとは思えない。

 

 

 

家族を嫌いではないけど好きではない。支えたいとも支えられたいとも思わない。血が繋がっていて、昔から知っている人。それだけ。

何もないのに、どうして私は人でなしなのでしょう。

帰ってきてから、そう、家族のところから自分の部屋に帰ってきてから、落ち込んでいます。

Discordで振り返る2025年

私の2025年を象徴するのはDiscordです。

Discordとは何か、ということすら知らなかった私は、今年、あらゆる感情をDiscordに揺さぶられてきました。

そのせいで、たくさん記事も書いたのでこれを機にまとめます。

 

 

 

2024年12月末に登録したものの、初めてDiscordのサーバーに入ってみたのは1月。

どハマりしました。

いろいろな人たちとワンタップで繋がれてしまうツールに溺れました。たくさんサーバーにも入りました。

 

 

いくつか入ってみたサーバーの一つの雰囲気や人が好きで、居着いたのです。そうしたら、管理人がいなくなってしまって、管理人を私が引き継ぎました。

鯖主になることになってしまったのです。

 

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鯖主になっても、私は変わらず幸せでした。メンバーとほとんど変わらずにいた時期でした。

あの頃の常連一人、準常連一人はいなくなってしまって私がどれだけ引きずったか。

それでも、5月6日の幸せな記憶は、今も私を支えてくれています。あの日の記憶が私をここまで引っ張ってきた。

 

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他鯖の思い出といえばKさん。お元気でいるようで、何よりです。5月末から喋っていないなんて。本当は、またお喋りしたいです。

これと時期を同じくして、管理人となったサーバー以外からは抜けました。

 

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ついにDiscordに恋愛を持ち込んでしまった7月、懐かしく遠く感じます。

今読むと恥ずかしい文章が残されています。ついでに、AさんとGさんにはちゃんと「あいつ怪しくないか?」と思われていた時期。話し掛け方が違う、尻尾の振り方が違う。実際は、怪しいというよりド真ん中だった訳ですが。

この辺はDiscord恋愛について一部始終体験談を綴ってる、ようですが。感情が高ぶる時は思ったことを思ったまま書いているから、それはそれで生の感情の記録ということで。

 

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Tさんに依存し依存されていた時期が終わりかけていた10月。

夏からこの頃まで、Tさんは私が上がると3秒以内に上がってきていました。私の第一声は大抵「早くない?!」「怖いって!」のいずれかでした。

やはりどう考えても、Tさんは私のこと好きだったし私はTさんのこと好きだった。お互い言葉にしないだけで、態度は甘くやっていることは恋人同士みたいな。8月からこの時期まで、今考えるといちゃつきまくっていました。

 

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なぜTさんは10月後半極端に上がらなくなったのか。今を見ていてもやはり違和感があります。勝手にすごく傷ついていた。

Tさんが上がらなくなった理由としては、私が考えついた理由が当たっているように思います。

 

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そして、事件は起こった。Tさんも、悔やんでいるとすればここでしょう。Tさんが私に嫌だと伝えていたことをしてきた10月22日。

あの日がなければ、私たちはどうなっていたんでしょうか。

 

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嫌なことをされた後の気持ちを一人で抱えきれなくて、あちこちのサーバーに相談にいきました。共依存だったと、初めて自覚しました。

どこででも、Tさんを「やばい奴だ」と言われました。そこで気が付いたのです。私は酷いことをされたこと。本当はBANしてもいいようなことをされたこと。

何度も相談した人には、BANしなよって言われました。

「あの人をBANするくらいならサーバー爆破します」

「そんなに代わりのいない人なの?」

「はい」

「……そっかぁ……」

 

傷ついて考えすぎてご飯が食べられなくなっても、それでも乗り越えたいと思ったしBANという選択肢は最後までありませんでした。

 

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Tさんとの出来事を乗り越えてから、鯖主がきついと感じる時期がありました。

あの頃はきつかった。

 

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11月後半くらいから、やっと、サーバーと適切な距離をとって向き合えて、自分にも他人にも負担にならないサーバー運営が出来るようになっりました。

面談でも落とす人間が出てきました。

鯖主としての成長。

 

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何も知らないところから初めてサーバーに入って、話して、常連になって、鯖主になって、恋して、トラブルに直面して、乗り越えて、駆け抜けてきた2025年。

言うまでもなくDiscordの年でした。

今の私も鯖主を上手く出来ているとは感じられないけれど、以前よりはDiscordそのものとの距離を上手に取れているような気がします。

 

これから先、どんな出会いや別れが待っているのか分からないけれど、こうして振り返ることが出来るような時もきっと来るから、苦しいことを乗り越えていけたら嬉しいです。

日記(2025/12/02〜2025/12/29)

2025/12/02

メトロの向こう側に、マジで美味しいDahi Bhalleのお店を発見。Half60ルピー。

揚げてあるパリパリに、ヨーグルトと2種類のソース、ザクロのトッピング。めちゃくちゃ美味しくて好きな味だから、食欲ない時も絶対食べられる。

しばらく鬼リピート決定。

f:id:tyuruyuuka:20251202234656j:image

 

今日の月は、レモンみたいだと思った。

 

 

2025/12/03

チョコレートケーキ美味しかったけど重かった。

 

 

2025/12/06

朝から7時間常連揃っておしゃべり。

楽しかった!

 

 

2025/12/14

イベント疲れた。でも、来年も出来たらいいな。

 

 

2025/12/22

Tさんのいびきを一人でずっと聞いていた。4時間くらい。

何だかんだで落ち着くんだよなぁ、でも異常なのは分かってる。

私が落ちる時、「Tさんおやすみなさい」って声掛けると、起きていたみたいに返事があるのが好き。

そういえば、以前、「Tさんごめんね」って言ったら「ん、、ごめんね?」って小さい高い声で訳分かってないまま鸚鵡返ししてきたのはめっちゃ可愛かったな。

そうそう、それで、やっぱり寝惚けているのが可愛くって、起きているタイミングで「可愛いねぇTさん」って声掛けたら、完全に起きている声で「可愛かねーよ」って言い返されました。それが可愛くて笑ってたら、いつのまにかまた寝ちゃってました。

 

 

2025/12/24

今日もTさんのいびきを聞いていました。

二人っきりだと、「ん」「ん?」「んーん」「ん」の文字で書いたら意味の分からない音だけの会話をよくする、というか、Tさんが仕掛けにきてるまである。

かなり……、かなり、こう、際どい感じがするのだけれど。

お互いにお互いの好感度を探り合っているような。一定の意識がないとしないような遣り取り。良くないよなぁと思いつつやめられない、心地良い。

 

 

2025/12/25

Aとお出掛け。楽しすぎるというより自然体でいられるって感じ。楽しかった。

夜、Tさんの愚痴のようなものを聞く。「もう寝落ち部屋移動する」って言われて「はーい」って答えたけど手が離せないで移動出来ないでいたら、Tさんが私のことも移動させていた。一緒には喋ってたいのね。かわいすぎか。

 

 

2025/12/26

ついに、何も言わなくてもDahi Bhallaの人間だとお店の若者に認識されるようになった。黙って店の前に立って会計すれば良い。

楽。

 

 

2025/12/27

ちょっ、Tさんが可愛すぎた。

Tさんが書き込んでいたおすすめ動画を、「本当は、今日最終回こうだったねって皆で言い合いたかった」「というか、最終日じゃなくても今日こうだったねって皆で言いたかった」。

「早く言いなよ!頑張って追いついたのに!」って言ったら、「書いてある」って拗ねてました。

可愛すぎかよ。

 

 

2025/12/28

安い飛行機に乗り慣れていると、預け荷物が発生するとどうなるか、ということが考えられなくなる事が判明。

歯磨きしたいのに歯ブラシもなく、クレジットカードも入れっぱなしで羽田で買い物はできず、上着すらない。終わりかよ。

今後の反省とします。

 

 

2025/12/29

荷物は羽田で一時的に引き取ったので、買い物は出来ました。こういうシステムだということを、安い飛行機ばかりに乗っていると知らないのです。

そして、羽田空港に来て安心できない。普通に見知らぬ空港である。安い飛行機ばかりに乗っていると成田空港ばかり利用するから。

そして、日本寒すぎる。

友情は今

Aという友達がいます。彼女はインドで働き出してからできた友達で、こちらへ来て割とすぐに意気投合し、年は少し上ですがいつのまにか敬語も外れ、今ではほぼ毎日WhatsAppで連絡を取る仲です。

 

 

 

今日は一ヶ月振りに会ったのですが、ほぼ毎日喋っているせいで、「久しぶり〜!」みたいなやりとりはありません。ひたすらあの件の続き、を話しています。

自然体で何でも話したり聞いたりしていられる感じ。

私はピアスをまた開けたかったのですが、Aもちょうどもう一箇所開けたかったらしく、良い所があるらしいから一緒に行く?という流れになって今日二人で開けてきました。

私は塞がった穴をもう一度、Aはもう一つ新しく。

ギャーギャー言いながら場所を決めて怖がって、良い思い出になりました。

 

 

 

怖くなる、というか覚悟している、ことがあります。

いつか、連絡を取る間柄ではなくなってしまうだろうということ。

Aが日本に帰ってしまって、私はインドに残って、環境が違ってしまって自然に連絡を取らなくなってしまう。何かがあって食い違って別れる選択肢を取る。

考えるだけでかなしい。

けれどそれを分かっていて、分かっているからこそ、私は今仲良くしていたいのです。刹那的でもいい、今を楽しんでいたい。

 

 

 

先日、とある人と話していて、「特別仲が良い人って誰なんですか」と問われ、「私こっちに2人しか友達いないんですよね」と答えたら気の毒そうな顔をされました。「紹介しますよ」って言われました。

そう言われて微妙な気持ちになってしまったんです。

毎日WhatsApp出来るほどの仲の人が、あなたにはいるんですか?と尋ねたかった。すべてを信頼している相手が、あなたのことも信頼してくれているんですか?と聞きたかった。

愚痴や面白かったことを共有し合える、趣味の悪いことも性格の悪い部分も共有し合える、たとえ毎日でも連絡を気軽に取れる人がまた私の人生に登場するなんて思ってもいませんでした。

それどころか、インドで友達が出来るなんてこれっぽっちも思っていなかったから、私は、奇跡に感謝しているんです。

 

 

 

耳たぶは重くって、縛られているようだと思ったら過去の自分もそう書いていました。

でもキラキラした石が耳元で光るのはいい気分です。これから、ピアスのことを思う時Aのことも思えるのは嬉しいです。

友情は今、何よりも大事。

ピアスもきっと、Aのように私を遠くに連れて行ってくれるはずです。

 

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生き辛い世の中

いつも不思議なんです。
流行歌は、自分らしくあっていいと今日も歌われています。
他人に惑わされるなと、自分の道を突き進めと。
これだけこんな歌が流行るのは、多くの人が共感しているからなのでしょう。
息苦しさを普段感じているから、自分らしくあればいいなんて歌が流行ると思うのです。
テレビで流れたりYouTubeで再生回数がトップだったり。



でも、皆が自分らしくあっていい、人それぞれでいいなんて思っているならなぜ、こんなに出る杭が打たれ続けるような世の中が広がっているのでしょう。
いつも不思議に思うんです。
自由なのも人それぞれなのも、そんなことは思考だけではないはずで、当然行動や言動に現れてくるはずなのにそれは許されているように思えないこと。


出過ぎた杭は個性ならば、少し出た杭は何だと言うのかっていつも思うのです。
少し違うだけで浮いてしまうこと。
言いたいことは言えば引かれてしまうこと。
皆と違う行動は許されないこと。
同じであることを求められ続けること。
そして、そう思う自分ですら、職場で浮かないようにと考えながらカーディガンの色を決めていたこと。



もしかしたら、この社会を生き辛くしているのは、生きづらさを感じ続ける私自身なのでしょうか。
そうだとしたら、なんて、滑稽な。
それとも、他人には厳しくなってしまう人の性なのか。
そうだとしても、なんて、滑稽な。自分だけ認められたいなんて。
生き辛いのは当たり前。



生きていたくないと思うことが時々あります。
けれど生き辛いのは嫌なんです。
生きてありたいと思っているのでしょう。