ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

出会わなければよかった人などないと笑います。

日常

旅が日常だった頃があります。
大きなバックパックを抱えて、飛行機や列車やバスに乗っていればそれが旅でした。
私はもはや消えかけているバックパッカーの最後の方の一人でした。
いつも街や町に溶け込めないことが当たり前で、自分の中に値段の基準をつくってそれを試しながらの買い物でした。
1000円をケチっては空港で一晩や丸一日を過ごしたりしました。
考えると何とも贅沢な時間の使い方で、それでも私は何かと闘っていたのかもしれないと今になって思うことがあります。



狭いところでより良く眠るコツは、上半身ではなく脚を伸ばして眠ることです。
家族連れはその他のグループよりも信頼性があり、子どもがいるおばさんが一番頼りになります。
その土地の価格の基準になるのは水で、それを100円と考えると、その他のものの値段はどれくらいが相場かを推測できます。(この感覚を身につけることが、ぼったくりを避けるコツだと思います。)
長距離のバス移動は、トイレがその辺の草むらだったりするのでパンツスタイルよりもスカートが良いです。
迷ったら、まずは落ち着いて何かを食べると良いアイディアも浮かびます。
そんな今の会社員としての生活には何の役にも立たないことをたくさん身につけました。

私は、あの旅が無駄だったと思うことが好きです。私は無駄なことを2年間全力でやって、社会に出る前の儀式としました。
無駄で良いと思っています。完璧な人生なんて、一体何が面白いのでしょうか。



あの頃のことを思い出すことがあります。
エキサイティングでつまらなくて、ありきたりで発見の多かったあの日々。今の私には過ごせそうもありません。
けれど、あの頃の私にはきっと過ごせなかった日々を今の私も送っています。
どちらが良いとか悪いとかではなくて、今の幸せの尻尾を手の中に時々捕まえられればいいなと思います。

情けは

職場に、先輩のWさんとIさんがいます。
Wさんは何でも出来る人で、Excelを使いこなし資料を完璧に作り抜群の記憶力を持っています。
Iさんはミスの多い人です。間違った資料や確認不足のファイル、それらは枚挙にいとまがなく、先輩のWさんにいつも指摘されながら仕事をしています。
しかし、上司にラーメン屋に連れて行って貰っているのは、誰もが好いているのは、ミスばかりでも憎めない優しい人柄のIさんなのです。
Wさんは仕事が出来ても、それを振りかざして正論で相手を叩くところがあります。いつだって1番でいたいことが伝わってくる話し方をします。正しくても仕事が出来ても、皆がどこかで避けてしまうのがWさんです。

人間は、仕事が出来る人が好きです。しかし、二人の先輩を見る時、仕事が出来てもそればかりではいけないと心底感じます。



品川庄司の品川氏は、テレビ局のスタッフに嫌われているからテレビに出られない、としている番組を見たことがあります。
その昔飛ぶ鳥を落とす勢いだった頃、散々に威張り散らし居丈高に振る舞った結果。その頃の下っ端さんたちが偉くなった今、代償を支払っているという話でした。
一見、人気や知名度だけで動いているように見える仕事でも、それを作るのに人が介在する以上、感情が必ず介入する。当然のことのはずなのに、忘れてしまいがちなことです。


品川氏のエピソードを聞いた時、私が思い浮かべたのは吉田拓郎氏の言葉でした。
ラジオでミュージシャンになりたいが何が大切かという質問のメールを読み上げた後、「人柄です」と即答されたのです。「ミュージシャンを選ぶ時には人柄を重視する、気持ちよく仕事が出来ない人とは仕事をしない」、そんなことを続けて言われました。
もちろん、技術が伴ってのことだと思います。けれど、どんなに技術があっても人柄が悪ければ駄目だというこの考え方は、ほとんど全ての職業に当てはまると年を重ねるにつれて実感するようになりました。
なぜならば、他人と接しない仕事なんてないからです。


情けは人の為ならず、したことはいつか自分に返ってくるに決まっていて、他人に優しくしている人には本人が気付かなくとも何かしらが返ってきているものです。
居酒屋勤めだった頃、良い常連さんにはお得になる情報が行き渡り、お酒の量が多めになり、パフェの生クリームが増えました。完全に各店員の裁量や心掛けの範囲内で、気付いていない人も多かったはずです。けれど、何かしら得をしていたのです。
そんなことが、世の中には考えるよりもずっと多く存在しているはずです。


他人に優しくなりたいです。それは優しくないからこそそう思うのかもしれません。

逃げ続けて

昔見たニュースでは、子どもの自殺が一番多いのは9月1日だと言っていました。
中学2年生の頃、私は教室に入りたくなくて別室登校をしていました。
別にいじめも受けていかったけれど教師のあの暗い雰囲気が嫌いで、今思うと我儘だったのかもしれないです。けれど、そのことで、今まで後悔したことなんてありません。

何度も言われました。
社会に出た時やっていけないとか、逃げたら駄目だとか。先生たちは入れ替わり立ち替わり私を諭しました。私はただ、うるさいなと思っていました。
あの時も、今でさえそんな言葉たちに耳を貸す気はありません。
逃げて逃げて逃げ続けて、私は、ちゃんと幸せに暮らしています。


嫌なことからは、逃げて良いと思います。
ただ、何もしない逃げを選んでしまうと、いつか自分が苦しんでしまう気がします。だから、代わりになるものをしていた方が良いとは思います。
私は教室からは逃げたけれど、きちんとテストは受けていました。
大学時代はゼミが嫌いで嫌いで、休学したのはそこからの逃げですが、海外を旅したのは良い思い出と経験になりました。
就職する時も苦手な分野は選ぼうとしなかった結果、出来ることを伸ばして今は得意のエクセルの技術を存分に生かして楽しく仕事ができています。


だから、何かプラス1が自分の中で出来ているなら、逃げても問題ないというのが持論です。
逃げることで心が健康になるなら健康はプラス、逃げることで新しいものが見えるようになればプラス。
人生は意外に長く、意外な側面を皆持っているなので、少しくらい変わったことをしていても大丈夫です。



私は、これからも逃げ続けると思います。
嫌いなものは視界に入れようとしないと思います。
将来の自分が困らないのであれば、それも私なりの正しい人生の過ごし方です。

コロナ感染の記録

新型コロナウイルス感染症に罹患したので、その記録など。
私はものすごく軽症で、本当に運が良かったです。
体感としては、これよりもひどい風邪もひいたことがある程度。一貫して食べれて自由に動ける。味覚・嗅覚の障害なし。後遺症は残らないことを祈ります。


2022/08/16
喉に違和感、痛みがある
あまり気にしないで寝るも夜中1時半頃、喉の痛みで飛び起きる

2022/08/17
喉がひどく痛む
声がガラガラでおかしい
熱っぽい気がしてお昼に体温を図るも36.4℃
飴と梅昆布茶を大量購入
梅昆布茶で足が浮腫む

2022/08/18
喉の痛みが引き続き
声もガラガラ
朝の体温37.8℃
夜の体温37.7℃
ややぐったりではあるが、日常生活は送れる程度
飴を死ぬほど舐める
梅昆布茶の塩分で足が浮腫んでパンパン
思いついて風邪薬を飲み始める
痰が出るも濃くて小さい

2022/08/19
喉の痛みは引き続き
声が少し戻る
朝の体温37.2℃
夜の体温37.0℃
足の浮腫みがほぼ取れる
お昼頃限界が来て眠る
鼻水が増える
堪えきれなくなってたまに大きく咳き込む
血の混ざった痰や大きな痰が出る

2022/08/20
喉は痛いが、声はほぼ戻る
体温36.8℃
足の浮腫みも取れるが顔が浮腫む
熱はないのに頭が痛むので頭痛薬を引き続き飲む
飴の舐めすぎで傷んだ口内が少し治る
夕方2時間ほど寝ると峠を過ぎたのを感じる
歯茎がかゆい、薬が効くと治まる

2022/08/21
喉の痛みはほぼなくなる
咳が出る
体温36.6℃
引き続き頭が痛むので頭痛薬服用
頭の横を押さえると気持ちが良い
歯茎がかゆいが、薬が効くとおさまる
午前中に寝たら回復した気がする
喉の奥が痛かったのが昨日は口の上、今日は鼻の後ろと前へ移動している
眠るたびに良くなっているのを感じる

2022/08/22
昼間4時間ほど眠る
鼻詰まりや鼻水が気にならなくなる
時折激しい咳き込みがある
喉があまり痛くなくなった
頭痛が少なくなり、薬も一回で済む
36.5℃

2022/08/23
軽い偏頭痛のような痛み
声が戻る
声を出す際の違和感は残る
咳が軽くなる
発作的な咳き込みが朝以降出なくなった
夜36.0℃

2022/08/24
寝不足からか声が再び出しにくくなる
喉がちくちく痛む
咳き込みは時たまではあるが依然ある
体温は平熱のまま

2022/08/25
体温平熱
喉の痛みあり
食欲がない

2022/08/26
体温平熱
喉の痛みあり
偏頭痛のような痛み
咳が大分減った

2022/08/27
痰と咳以外は平常通り
喉も意識しないと気にならなくなった

2022/08/28
咳もほとんどない
痰は時々出るが、気にならない
喉の痛みなし


(上記追記)
・一貫して食欲あり
・市販の頭痛薬(薬局で一番安い薬)が良く効く
・アイスには大変お世話になった

松本侑子氏の赤毛のアン

1993年集英社松本侑子氏訳「赤毛のアン」を読み終わりました。
訳注が充実していて、色々な言葉の解説、出典が豊富で満足感が高いものでした。村岡花子氏の訳では省かれている部分も訳されているので、少し不思議に思っていたところや不自然だと思っていたところも納得出来ました。
特に素晴らしいと思ったのは、風景描写の美しさ。
こんなにプリンス・エドワード島やグリーン・ゲイブルズから見える景色は美しかったのかと、アンが島や家を愛していた理由が良く分かりました。


私なりの、村岡花子氏訳、松本侑子氏訳の比較です。


松本侑子氏訳
・美しい風景描写
・充実した訳注
・全文訳なので、あれ?と思う部分がない
村岡花子氏訳に比べ、マシューの存在感が大きい気がする


村岡花子氏訳
・とにかく面白く、読みやすい
・ぐいぐいと読者を引っ張っていき、先へ先へと読ませる筆力
・アンだけでなくマリラが魅力的
・マシューの愛の深さが、根底に漂っている感じがする



同じ作品のはずなのに、マシューの存在感が違う気がするのはなぜなのでしょう。
登場回数が少なく思えるもののマシューの愛が全体を通して漂っている村岡花子氏訳、マシューが要所要所で存在感を発揮する松本侑子氏訳。
訳者によって印象が違うものになるのがとても良く分かりました。



松本侑子氏訳を読んで良かったのは、何よりも、訳者あとがきで、私の言いたかったことと不満だったことへの答えが書かれていたことです。

二冊めの「アンの青春」以降、作品の筋書きはともかく、アン自身の魅力は大きく損なわれていく。(略)
赤毛のアン」でのアンは、聡明で、誇り高く、それでいて心優しくて、夢や憧れを大切にする少女だった。(略)
しかし、アンは最後に、(略)平凡な女になる。女は個性や自我を捨てなければ大人になれないとでも言うように…………。アンの家庭は、もちろん不幸ではない。しかしその平穏な家庭の陰で、アンは、どこかしら憂うつに沈んでいる。「赤毛のアン」のアンは、心弾むような喜びに満ち溢れていたのに、その輝きはどこにもない。
アンをこのように変貌させたのは、他でもない、モンゴメリである。
(略)
アン・シャーリーの憂うつは、まさに、晩年のモンゴメリの憂うつである。

4巻以降面白くなくなったアン・シリーズを読んで、私はモンゴメリを恨んでいました。あんなに想像力豊かで魅力的なアンを、平凡で心優しい欠点などない女性にしてしまったモンゴメリが、恨めしくて堪りませんでした。
夫を支え子どもたちを愛し、欠点など見当たらない皆に慕われる女性、なんてつまらなくて魅力を感じない大人になってしまったのかとアンをなじりたくなりました。あの燃えるような生命力はどこに行ったのかと悲しくなりました。

けれど、当時の女性の置かれた立場や押しつけられたジェンダー観に縛りつけられていたモンゴメリを思うと、心から哀しく思います。
アン・シャーリーもその犠牲になってしまった。
そして現代もそうではないと言えるでしょうか。


誇り高く活発な女性が、今より先を生きるアン・シャーリーが、これから先の私たちの未来では自由に生きていけるようにしていきたいものです。



次はシェイクスピア不思議の国のアリス若草物語を読んで、さらに「不思議なキリスト教」(
著:橋爪大三郎大澤真幸)も再読しようと思っています。
世界が広がるのは楽しいです。

自傷行為

他人のことは知らない。けれど、私は時々、食べることを自傷行為として使うことがある。



大学生の頃、ゼミに行くことがとても苦痛で、お菓子をたくさん食べて食べて胃に詰め込んでいたりしました。
お酒を飲んでお菓子を食べてお腹がはちきれそうになるまで入れてから寝ていたのは社会人になってからすぐでした。
そして先日の土日をそうやって過ごしてからまた今日の月曜日に食べ物を詰め込んで、私はこの心を抱えて寝ようとしています。



異動になりました。
異動自体はずっと覚悟していて、慣れ親しんだ場所に行くだけなので苦痛ではないのです。
けれど、先週の金曜日、異動前の最後の出勤日に、私の上司はテレワークを選びました。先輩二人も、予定通りテレワークでした。


私だったら、急遽でも出勤を選んだと思います。



異動先の先輩は、とにかく仕事を自分で抱え込む人で、自分でやったほうが速いから、慣れてるからすぐだから、と仕事を分けてはくれない人です。
今日もそんなところを見てしまって、嫌いたくないのに嫌いになってしまいそうで、自分が嫌いになりそうで。



昔から、その場所を去る時にそこを嫌いになってしまうことが良くありました。
そこにいる時は、嫌いにならないように好きでいるようにという努力で蓋をしていた感情が、離れる時に一気に噴き出すようになってしまうのです。



片道2時間弱の通勤時間。思うように行けないスーパー。慣れない仕事。慣れない居場所。
罰であるかのように食べて、罪を忘れるように飲むお酒。
しばらくは、精神的に落ち着かない日々が続くのでしょう。

歳をとる日々

飛び込んでみた世界は意外と快適かもしれないし、窮屈かもしれない。けれどやってみなければ自分に向いているかなんて分からない。
そんな選択を怖がらずに続けていける自分でありたいと願うのは、歳を取って変化を恐れる自分にも気付いているからです。



あと半年で28歳になります。
ここ1年で実感しているのは、新しいものに興味を示せなくなったことです。
私は3ヶ月毎にブームが来て、はまっては飽きて次のものを見つけて深くはまっては飽き、ということを繰り返しています。それこそ1歳の頃から。(母の証言によると。)
最近は、そのブームが来るのが遅いのです。ブームとブームの間にぽっかり空いた空白期が長くなってきました。
もう何に対しても夢中になれることなんてないのではと思ってしまう期間はこれまでもあって、そんな心配を他所に次々とブームは訪れていたのですが、空白期が長くなってきているのです。
これが、歳をとることかと思っています。
20代の前半と後半だけでもこんなに違うんだなと怖い気持ちもあります。

体力がなくなってきていることは心にも影響を与えるし、心にも元気がなくなっていくのが歳をとることなんだと日々学んでいます。
新しいことにチャレンジする、元気や余裕がなくなってきたのが自分でわかります。
だからこそ私は焦っていて、このままだと、世の中の何にも興味を持てずに一人で死んでいく姿が見えます。


本当は、体も心も成長してるって信じたいし、事実筋肉は今過去最高に私の身体に育っているし過去最強に今の私は優しいです。そんな自分もいます。
けれど、疲れているのかなとスルーしていたような小さな変化はいつの間にか日常になっていて、積み重ねると変化が大きくて、今は小さな変化にも怯えている部分があるのも本当で。




幼い頃、流行りの曲や流行りのものを知るにはただテレビを見ていればいいのにと思っていました。新しいものを自分の中に入れるのが疲れることになるなんて、思いもしませんでした。
好きなものを好きでいることが、実はエネルギーを使うことだなんて知りませんでした。
余裕があるからこそ、仕事と生活以外のことを考えられるのだと心から思い知りました。



歳をとるのって怖いんですね。
知りませんでした。
新しい自分を知るのは楽しみだけれどものすごく怖い。そんな日々です。

自由の檻

私は昔から自由に生きたいと願っていて、自由に振る舞っているように周りからも見えていて、大人になったら母みたいに独立するのだろうと昔から自分でも思っていました。
それは独立したいと思っていた訳ではなくて、私の性格では企業で生きていくのは大変ではないだろうかと思ったからです。

働いている自分をイメージできなかった頃は気付いてみれば遠くなり、今は私は大きな会社の中にいて、喜んで歯車として働いています。



独立したり、フリーとして働いたりということが持て囃されていた頃、それらに向き合うには私は臆病で、自分で仕事を見つけて自分で自分を管理することに及び腰でした。

新卒で就職活動をしていた頃、それでも大企業は向かないだろうという自身に対する先入観で、中小企業ばかりエントリーしていました。実際に就職した会社は小さな会社は、私にとってはイマイチでした。

私は自分で意識していた方向とはまるで正反対で大企業向きの性格をしていて、もう後がなくて応募した大きな会社で、今の私はのびのびと働いています。
大企業は堅苦しくて何も出来ないと聞いていたけれど、意外なほど改善案が通ったりむしろ改善をしろと迫られたり上司がフレンドリーに話をしてくれたりと面白いことが多いです。

社長の性格がダイレクトに反映されるあの小さな会社では、気まぐれな社長の方針転換に振り回されて辛かったです。
お堅いけれど新しいことにもチャレンジする意欲を見せる自分の会社が好きで、そんな社風だからか私のことを面白がってくれる周りの人にも恵まれていて、上司と飲みに行くことや上司の性格や人間関係を見極めて接することも苦ではなく、自分でも意外なほど私は会社という場所に適応できています。



先入観は良くないというけれど、それは自分自身に対してもそうなのでしょう。
自分のことは自分でもよく分からないし、自分の中にだって外にだって、まだまだ知らない部分が隠れているのです。何が向いているかなんてその時になってみなければきっと分からないのです。
あの頃の自分に伝えるなら、そしてこれからの自分へ戒めとして送るなら、自分自身をも縛る先入観を持たないように後悔なく選択して生きろというメッセージです。
飛び込んでみた世界は意外と快適かもしれないし、窮屈かもしれない。けれどやってみなければ自分に向いているかなんて分からない。そんな選択を怖がらずに続けていける自分でありたい。
自由でありたいと願いすぎて、その願いであっても自分を縛ってはいけないのです。

先入観で自分を雁字搦めに縛っていたことに気が付いた今、改めて考えています。

タスキメシ@額賀澪

陸上部と料理研究部の高校生を描く額賀澪著「タスキメシ」。
久しぶりに、本を読んで泣きそうになりました。



沁み入ったのが、上に立っていく人間の、期待や責任や重圧を描いた言葉でした。

「どんな世界だって、上に行く奴っていうのはそういうものを無理矢理背負わされるんじゃないかな」
(中略)
その後ろにはそうなりたくてなれなかった人が山のようにいて、その人達の期待とか願いとか嫉妬とか羨望とか、そういったものが彼らの肩にはのしかかっているのだ。
俺の分も頑張ってくれとか、あんたは俺達の希望の星なんだから、とか。そんな無責任だけど強い拘束力を持った言葉に縛られて、きっと年を経るごとにそれは増えていって、それでも走っていくのだ。
(中略)
これからたくさんの人を蹴落として、たくさんの人の夢を打ち破って、終わらせる。


受験でも競技でも仕事でも、上に行くためには誰かを蹴落として誰かの犠牲の上を踏みしめていかなくてはなりません。
覚悟を持って、その重さに耐えられる人のみが勝っていく。それもなんだか共通しているように思います。
よくオリンピックなどで「周りの人のおかげでここまで来ました。」なんてインタビューに答える様子が映っていますが、周りの人の応援も協力も、きっと重く感じられることがあるはずです。けれどそれも力に変えられることこそ、強いということなのでしょう。

私には、それができるでしょうか。
出世すること、高い給料を貰うことに対する覚悟とそれに耐えられる強さが欲しいです。



誰よりも共感したのは井坂都でした。
自分の足元を踏み固めるようにして料理という武器を身につけた彼女が、私には強くて弱くて眩しくて、それでいて自分と重ねてしまうところがあるのです。
「施されている自分が、どうしてもどうしても、堪らなく、許せない」ことにも、「悲しみでも苦しみでもなく、怒りの涙が次から次へと込み上げ」るのにも、言葉遣いが乱暴なのも身に覚えがあり、一番抱き締めたくなりました。
私は都ほど確立された足元がないけれど、出来るなら、都のように生きていきたいと思いました。



この本、胸が熱くなるような名言が多いです。

どちらか片方じゃなくて、どっちも抱えて持っていけ

諦める勇気があったんだ。続ける恐怖なんて、きっと乗り越えられる


進路に悩み、将来に悩み、続けることや辞めることに悩む高校生の時の気持ちを、思い出せる良い本でした。そして自分の足元を見返せるような。


続編をこれから読みます。楽しみです。

選ばれる自分に

小田嶋隆氏の「小田嶋隆のコラムの切り口」という本を、パラパラめくっては読み、めくっては読みとしているうちに一冊読み切ってしまいました。
その中でも、とても良いなと思ったページがありました。

サラリーマン一年生の時、私は、そのまま会社をやめてしまった。せめて三年生ぐらいまでは粘ってみるべきだった。
自分が仕事を選ぶのではない。仕事が自分を選ぶのでもない。仕事をしている自分を誰かが選んでくれるタイミングが必ずやってくる、と、当時、そういうふうに考えることができていればよかったのだが、まあ、こういうことは遠回りしてみてはじめてわかることなのかもしれない。


仕事をしている自分が選ばれるタイミング。それがいつか来るかもしれないということに、なるほど、と素直に思えました。
大統領だって社長だって交代できるのだから、どんな仕事でも誰にでも出来ると考えてはいるのですが、確かに、買い物する時に指名してしまう、というのはあります。

私はアクセサリーを買う時も下着を買う時も、大事なものを買う時は、接客してくれる人を好きになれなければと買わない、と決めています。
その人がいない場合は買いたくない、買わない。それこそ、仕事をしている誰かを選んでいるのだと思います。受けられるサービスは全く同じなのに、その人の接客込みでの価格だと思ってしまっているのです。



私もそうありたいです。
困った時に、誰だって良いのだけれどあいつを指名しよう、と思って貰える人になりたい。それが雑用であったって私は嬉しいのです。
いつか、あいつがいなくなって困ることはないけれど不便だなと思って貰いたい。
私はその最後の日のために仕事をしています。