誕生日おめでとう、と言いたかった人がいます。
…………これから書くことは、フィクションということにしておきます。
これまで出会った人の中で、一番心が振れる人だった。
好きになって以来、彼以外に惹かれることはあっても、彼のことは頭のどこかで忘れられなかった。
顔なんて良くなかった、私と同じで目も細かった。眉が太くて唇が厚かった。でも、その唇で、キスして欲しかった。
好きだった好きだった好きだった。
ううん、今でもやっぱり好きだと思ってしまう。
好きだと認めたくなくて、決まりきった自分の気持ちから、ずっと目を逸らしていた。
今思えば、クラスメートや先生の方が、ずっと早くに私の気持ちに気付いていたのだろう。
綺麗な手をしてたなとふと思い出すと、「手、綺麗だね」と私が言った時「そうだよ」と言ったきり前を向いてしまったことも思い出す。
あれは、もしかして、照れていたの。
天気の良い日に、前の席で寝ていたあなたのうなじを見ていた時に、例えようもなく幸せだったことも思い出す。
何かあったわけでもないのに、なぜあんなに幸せだったのだろう。
楽器のテストで、俺とお前が一番上手かったと言われた。
自意識過剰だと思いつつも、嬉しくて黙って頷いた。
フォークダンスを踊っている時に、耳元で囁かれたのは、今思い出しても顔を覆いたくなるくらい恥ずかしくて、それに嬉しかった。
給食袋はあなたから私へと来る順番で、その給食袋を弄びながら帰るのが好きだった。
エルモのシールのついたビニール傘をささずに帰っていた後ろ姿を、エルモを見ると思い出す。
あなたに会うために、欠席しようと思っていた、卒業後の辞任式へ出掛けた。
学級通信で、誕生日が一番近くて隣同士で名前が載って、なんとなく照れてしまった。
雨の日に一緒に帰った。
お互いに口喧嘩しながら、それが一番楽しかった。
一度だけ、どさくさに紛れて私を下の名前で呼んだ響きが忘れられない。
仲良さそうに話している可愛い女の子に嫉妬し過ぎて、風邪で一週間寝込んだ。
本当は、2月に後ろの席になれて嬉しかった。
思い出すたびに胸が切なさでいっぱいになるのは、想いを告げなかったからで、告げられなかったから。
けれど、思い出すたびに飴を舐めているような気分になるのは、あの時の私は確かに幸福で、愛しい人が近くにいる幸せに酔いしれていたから。
卒業後、どこにいったのかも知っている。
今、どこにいるのかも知っている。
実家も知っている。
facebookも見つけた。
それでも、私は何もしない。
もう、住む世界は違うと思っているから。
私の生き方は、きっとあなたを傷つける。だから、私は私を傷つけることにする。
そう格好つけながらも、この歳になっても勇気が出ない自分を呪う。
…………どうか、どうかどうか幸せでいますように。
一度は躓いたはずのあなたの未来が、あの時と同じく光り輝いていますように。
誰かと、幸せに寄り添ってくれていたらいい。……なんて書いておきながら、想像すると苦しいほどの嫉妬に襲われるけれど、私とあなたの途は、もう交差しないと想像がつくし、諦めている。
あなたより好きな人にいつ出逢えるだろうか。
誕生日おめでとう。
20日振りに同い年になれて嬉しい。