『あたし男だったらよかったわ
力ずくで男の思うままに
ならずにすんだかもしれないだけ
あたし男に生まれればよかったわ』
女だからって容赦しねぇぞ、そう言われたことがあります。
私がバイト先でミスをした時でした。怒鳴りつけられました、店の真ん中で。
お客じゃなければ怒鳴り返してやりたかった。私がいつ女だから優しくしろと要求したのか。怒られてもいい、怒鳴られてもいい、ミスをしたのだから受け入れる。でも何故私が女だということが関係あるのか。
女だからといって容赦しない。女に対しては優しくしなければと考えるご自分への言い訳だったのでしょうか。
平等に見せかけた、ただの不平等に思うのですが。
『光ってるのは傷ついて
はがれかけた鱗が揺れるから』
旅をしている途中で宿で会った日本人に、現地の人にたくさん優しくしてもらったことを話すと、「女だからじゃない?」と言われることは良くあります。
分かった、百歩譲って女だから有利なところがあるとしましょう。
ではあなたたちは、英語だけではなく現地語も覚えて意思疎通を図ろうとしているのか。宿のスタッフにも笑顔で挨拶しているか。道で通りすがりの人にも笑いかけているか。伝えたいことを伝えようと一生懸命な姿勢を見せているか。
それらを私は積み重ねているのに、それすらせずに性別を理由にするあなたたちこそ、男も女もどちらも大切にしていないのではないでしょうか。
『いっそ水の流れに身を任せ
流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて
魚たちのぼってゆく』
私は、出来ないことに対して自分の性別を理由にしたことはありません。小さい頃は男になりたかったくらいです、女だってことを言い訳になんてしません。
女は女だってことに甘えているなんて考えてしまうのは、男だからってことに甘えているからですよ。
私は私です。
女だ男だ、って古いですよ。性別なんてたくさんある時代でしょう?
私は私だから、あなたをあなたのまま見ていたいと思います。
※『』内は中島みゆきさん「ファイト!」より引用です。