叶わないと分かっている夢を、みなくなったのはいつからだろう。
「中島みゆきが、今ここに来たらどうする?」
11歳の女の子に聞かれたことを思い出して、考え込んでしまいました。
昔はよく空想していました。
突然憧れの人が訪ねて来たら?電話が掛かってきたら?目を開けたら違う世界だったら?
……いつからか、叶いもしないことは、考えないようになりました。これは果たして進歩なのでしょうか。
昔の幼かった私は、きっと言うと思います。
『でも、可能性はゼロじゃないでしょう?』
『どうしてそんなに否定的なの?』
うん、でもね、叶わないことを夢みているより、YouTubeで歌っている姿を見て満足していた方がいいでしょう?
『考えてみてよ』
あのね、考えても無駄なことを考えても、どうにもならないよ。
『つまらないね』
きっと幼い私はそう言って、呆れた顔をするでしょう。
叶いもしない夢は、本当にみない方がいいのでしようか。もしかすると、叶いもしない夢を描くことすらしなくなった時から、世の中がつまらなく見えてきてしまったのでしょうか。
昔は、大人はキラキラして見えました。
早く大人になりたかった。好きなことが好きなだけ出来る。それが大人だと思っていました。
今は、自由に生きたくても組織や世間に縛られてしまう、それが社会だと知っています。どんなに知名度が上がってスターになっても、権力には逆らえないことがあると知っています。お金がなくても幸せになれると言う人は、健康で文化的な最低限度の生活を営んでいられている人で、そうではない人達も増えていることを知っています。
大人と呼ばれるようになって、キラキラした夢は消えていきました。
例え叶わないとしても、それを空想するだけてワクワクした気持ちになれるなら、夢を見る価値は十分なのかもしれません。
いつか本当に、キラキラした世界に生きられる夢をみることも悪くない、かも。