若くして 虚無の徒党のさびしさを深く知りけむ。 還らざりけり/釈迢空
何とも言えない、さびしさや虚しさや諦めや切なさが伝わってきます。言葉に出来ない、伝わるものが私を心をしんとさせてくれる歌。
一のわれ死ぬとき万のわれが死に大むかしからああうろこ雲/渡辺松男
うろこ雲!うろこ雲!とにかく、この最後のうろこ雲が好きです。
私が死んで、これまでの私も死んで、うろこ雲だけは変わらずに空に在る。大昔から、空も雲もそこに在って、私はただ、死んでいくだけ。
いとこ死にまたいとこ死に真夜中の廊下廊下に歯をみがく音/渡辺松男
人が死ぬと、生きるということについて考えさせられます。行動全てが、生あるからだなぁと。
いとこが死ぬ、というところがリアル極まりない。
たまらなく寂しき夜は仰向きて苦しきまでにひとを想いぬ/道浦母都子
これが出来る強さ。
水より生まれ水に還らん生きもののひとりと思う海恋うる日は/道浦母都子
私もまた、生きもの。そう思うことで自分を慰める日があります。
きっとこの人もそうなのだろう、いえ、全ての人が、きっとそうなのでしょう。
焦げた鍋こすりつづける銀の夜わたしはわたしを死につづけてる/九螺ささら
生きるということは、死ぬということと背中合わせ。ならば生き続けることは死に続けることと同義です。
そしてそういうことを考える時は、たいてい、単純作業をしている時で、焦げた鍋をこすりつづけている時やタイルを磨いている時です。
ああああと声に出だして追い払うさびしさはタイル磨きながらに/阿木津英
私は、朝化粧しながらが多いです。
こみあげる悲しみあれば屋上に幾度も海を確かめに行く/道浦母都子
悲しい時に、なぜ人は海を見たくなるのでしょうか。
海を確かめる、この形容が好きです。海の変わらなさに救われると、私もちっぽけで人間なんだなぁと思います。
切るナイフえぐるスプーン刺すフォークきらきらしくて惨たり食は/松平盟子
食とは、醜く卑しいもの。だからこそ、生きていくのに必要で美しくも感じてしまうように思います。
食器は凶器、私は鬼ともなるのでしょう。
酒のみてひとりしがなく食うししゃも尻から食われて痛いかししゃも/石田比呂志
下の句が好きです。上の句があることで生き生きする下の句が好きです。上の句が、あまりにも寂しさに溢れているからこそ下の句で微笑んでしまう。
この昼のわけのわからぬ悲しみを木の箸をもて選り分けている/阿木津英
選り分けられるほどの悲しみ。
そして選り分けられるのは昼です。夜は、きっと選り分けられない。
10個入りのパック卵をもてあまし誰かと一緒に暮らしたい夜/天野慶
誰かと一緒に暮らしたくなる時。お買い得な大容量パックや作りすぎたカレーを見ている時です。
世の中は、あまりにも二人以上を前提としている。
唇をよせて言葉を放てどもわたしとあなたはわたしとあなた/阿木津英
孤独は、何人でいても分けられないもの。
その寂しさや諦めと同時に、だからこそ唇をよせて言葉を放つのだという感情も伝わってきます。