ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

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出会わなければよかった人などないと笑います。

抗わぬ自由でも

「私は年をとっているから」。
それが口癖の人がいます。
私が筋トレを始めて身体が変わっていくのを見て、マッサージをして顔が変わっていくのを見て、旅をしてきた話を聞いて。
全てにおいて自分の年齢のせいにする人がいます。
「私は年をとっているからできないの」。

私はそれが大嫌いです。
年齢なんて抗えぬものです。けれど何かを始めるのに抗っているのは自分自身に他ならないのに、年齢のせいにしているのにイライラしてしまいます。



誰だって、今日が一番今までで年をとっているのです。その逆に、今日が一番これからで若いとも言えるのです。
年齢、年齢、年齢。そのせいにすれば何もしない自分に満足できるのでしょうか。満足しないから年齢のせいにしているのではないでしょうか。
若いということは、それはアドバンテージにはなっても行動を制約する理由にはならないと思うのです。



昔、中学生の頃、タイツを履けませんでした。お洒落に感じていて、タイツなんて似合わないと思っていました。それを言うと、ちゅるらしいねなんて同級生に言われていました。
今、私にとってタイツは防寒着です。服装に合わせて色を変えたりはしますが、単なる防寒着です。
高校生になって思いきってタイツを履いた時、誰にも何も言われませんでした。縛られていたのも縛っていたのも自分だったんだと気が付きました。
思い込みや無理かもしれないなんてことで自分をきつく縛り上げるのはやめようと、あれから私は思うようにしています。



私は今まで全く運動をしないで生きてきているので、10代の頃よりも筋トレをしている今が一番筋肉があります。
代謝が人生で一番であっただろう時期よりも、マッサージを欠かさない今の方が顔が明らかに小さいです。
そして、どんな時代よりも一番心は自由です。
行動を制約しているのはいつだって自分です。それを忘れないで軽やかでいたいです。
私は縛りたくないし縛られたくなくて、それが例え自分自身であっても許したくないです。



好きな服を着て好きなことをするのに、誰の許可もとりたくないのです。始めたい時にやりたいことをして、成果がすぐには出なくても、しないよりはずっといいと覚えておきたいです。
何よりも、しないことも自分自身で選んでいると胸を張って言いたいです。それが例え金銭的な理由であっても、胸を張って、だから選んでいないと言います。

私が思う自由っていうのは、そういうことなのではと考える、寒い日です。