ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

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出会わなければよかった人などないと笑います。

仏壇と未来

最近、仏壇に手を合わせると亡くなった祖父の顔を思い出します。

祖父が生きていた頃、私や妹が仏壇に手を合わせるのを、とても嬉しそうに見ていました。私はそれを、決まりというか伝統というか、そんなものを守っているのが嬉しいんだなと思っていました。でも、祖父が亡くなって、なんとなく、祖父の気持ちが分かるようになりました。

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祖父は戦争に行って、生きては帰れないだろうと覚悟していたのだそうです。一度は自分を死ぬものだと考えた祖父にとっては、死ぬことはそんなに怖くなかったのではないか、そう、勝手に予測します。

けれど、自分が死んだ後のことは自分には分かりません。未知への不安があったのではないかと思うのです。そう考えた時に、私たちが仏壇に手を合わせるのに安心したんだろうと思い至りました。



祖父は自分が死んだ後のことを考えていたのだと思うのです。遠くない将来に、自分が死ぬこととそしてその後のこと。その時に、仏壇に手を合わせる孫の姿に、安心していたのだろうと思うのです。
自分が死んだ後も、きっとこうしてくれる。そう、嬉しかったのではないかと思うのです。



死ぬことへの恐怖は誰しも多少はあるのでしょうが、自分に手を合わせてくれる人が一人でもいると思えたら、少しは安心できる気がします。祖父は自分がいない未来ときちんと向き合って、手を合わせる孫に希望を見い出せたのかなと思えたら、少しは私も孝行が出来たのだろうと嬉しくなりました。



私が死んだ後、私に手を合わせる人はほとんどいないでしょう。私は結婚しないし子どもも産まないから。
自分が手を合わせているからか、確かにちょっと寂しい気分になります。そして、手を合わせる人を増やせなくてごめんなさいと、ご先祖に対して申し訳ない気持ちも少しあります。

それでも、私は私なりに自分のいない未来と向き合っていきたいなと、そんなことを考えた、お盆です。