ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

ちゅるゆーかの頭の中

出会わなければよかった人などないと笑います。

罪悪感の行方

旅に出る予定です。
けれど、熊本で今も暮らす人たちのことを考えると、とても申し訳ない気持ちになってしまいます。



ゴールデンウィークのあと、熊本に行って知っている人たちに会いました。お家の状況を聞きました。震度7で揺れたこと、家の一階が潰れたこと、電信柱が目の前で大きく弧を描いたこと、避難所では電気がついたまま寝ること、犬が怖がること、一千万のローンが残っている家が住めなくなったこと、食べ物がなかったこと。

肩身が狭かったです。私は、何の被害も受けていないから。のほほんと、生きていられるから。



熊本で地震があって、予定を変えました。旅に出るのを1ヶ月半遅らせました。でも、私の中ではまだまだ余震が続いていて、罪悪感が膨れてくるのです。

「気持ち分かるよ、って言われてもね、お前には家あるど?って思ってしまうつたい」
家を失くした人の言葉が、何度も何度も聞こえてくるから。
「家がないものの気持ちは、家があるものには分からん。車中泊何日目って言われてもたい、家はあっけん。ただ余震が怖いから車中泊してるだけど?って思ってしまうつたい。自分家ないけん」



地震を経験した人の中にも、やっぱり差はあるんだなぁと感じた言葉でした。それなら、地震すら経験していない私は、地震を想像することすらいけないんじゃないかって思ってしまいました。
そんなことない、そんなことないって分かってます。でも、気持ちは分からないって言われてしまうと途方に暮れてしまうのです。
私は、想像でしか震災を共有できない。でもそれすら無意味と言われてしまえば、もう私に出来ることなんて残っていないのです。



出来ることをやればいいんだよ、って何回も言われました。傾いた家とボコボコの道路で、私は言葉を発することも出来ませんでした。
出来ることなんて何もないんじゃないかって思います。でも何かをしなければならない気持ちに追い立てられて、結局募金しか出来ないなんて何なのだろうと思います。



私は旅に出ます。これは、熊本を見捨てることになるのでしょうか。