ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

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出会わなければよかった人などないと笑います。

地図の示す絶望

「地図が読めないって何」みたいな文章を見かけてしまいました。

……私は使命感に燃えています。方向音痴について書かなければいけません。

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まず、方向音痴を(勝手に)代表して主張しますが、地図が読めないということは自分でも信じたくありません。心の半分ぐらいは自分でも読めるつもりでいるのです。でも、なぜか道に迷ってしまうのです。

もうそれは仕方のないことなのです。諦めないようにはしていますが、直そうと思って直せるものなら直しているのです。方向音痴によって一番被害を受けているのは本人です。


時間と体力と気力を無駄にする悲しみ。他人に馬鹿にされる悔しさ。見知らぬ景色の中で味わう孤独感。辿り着けない虚しさ。地図を見ながら出掛けて、目的地に辿り着けなかった時の絶望は相当なものです。レシピ通りに作ったのに料理を失敗したのと同様の絶望です。察してください。



一人暮らしを始めてまもないある日、少し遠くのディスカウントストアに行こうと、地図を見ながら自転車で出掛けたことがあります。
距離はさしてなかったので20分程あれば着く予定だったのですが、2時間後、ようやく家に帰ってこれました。辿り着けなかったので諦めたのです。



よく行く店ならいいんです。が、店を出て、向かおうとした方向とは逆の方向へ歩き出してしまうこともよくあります。えぇ、それどころか、大きなデパートのような幾つも出入り口がある店では、入った時と同じドアに辿り着けないことも認めますとも。



私が一人暮らしを始める時、母親は言いました。

「ゆーか、いいね。右と思ったら左、左と思ったら右、上と思ったら下、下と思ったら上に行くんだよ」

えぇ、いくら私が方向音痴だと言っても、それはあまりにも馬鹿にしすぎです。そんなことはないとムキになって一人暮らしを始めた私はまもなく、母の正しさを痛感しました。母よ、あなたは娘より娘のことを分かっていらっしゃいます。

しかし逆に言えば私には、道を真逆に認識するという特殊技能が備わっていることになります。……自慢になるでしょうか。



先日、
「あいつは、他人に道を聞けないから」
と妹を評して言うと、
「あの子は、あんたと違って地図が読めるから」
と母親に言われてしまいました。

そうか、地図が読めるってことは道を他人に尋ねなくていいということなんですね。妹は臆しているのではなく、必要に迫られないということのようです。

ということはつまり、他人に道を尋ねられるという私の数少ない長所が短所に早変わりという訳ですか。方向音痴には辛い世の中です。