ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

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出会わなければよかった人などないと笑います。

強くありたくて

強さには2種類あって、「守る強さ」と「守るものが何もない強さ」があるのだと思う。


「守る強さ」は、親になれば手に入れられるのだろうか。少なくとも、家族を守るために強くある人は多いように思う。

飾らない美貌が魅力のWさんは、娘と今の夫を守るために息子の家庭内暴力や元夫の嫌がらせに屈しない。もう10年以上続いているらしい。
バイト先の一緒に働いていた人の中にはダブルワークの人も多かった。睡眠は一日3, 4時間で、家事も介護もこなしながら休む間もなく働くKさんやいつも昼間の仕事から直行してくるHさん。ダブルワークのきっかけは、皆家族と答えていた。


それとは逆に、S先生の強さは「守るものが何もない強さ」だと思う。「守るものが何もない強さ」は捨て身の強さだ。失わないから強くなれる。大学(職場)などいつでも辞めてやる、というのは守らなければならないものがあったら言えない言葉だ。

独身で子どもがいないというだけではなくて、家族仲が悪くて何年も連絡を取ってないとか、土地への執着がないとか仕事が本当は嫌いだとかそういう条件が重なって、守るものなど本当にないと思っているから。あるとしたら、自分だけだ。


見ていて思うのは、「守るものが何もない強さ」より「守る強さ」の方が強いということ。
前者が、どこかに切なさがあるとか芯が弱いと感じるとか本人の孤独とかそれだけじゃない。「守るものがない」ということは『自分だけ守る』ということで、自分さえどうでもいいと思ってしまったとき、この強さは弱さに反転するからだ。


けれど弱いことが「強くない」ことだとは私は思わない。弱いことは『その弱さを自らが把握している』条件付きで強さになると思う。

自らの弱さを把握していれば、それは避けることができる。そうすれば弱くはならないわけで、それなら弱さを知っているのは強さだ。この点で、「守る強さ」は自分の弱いところ(=失いたくないもの)を知っているから強いのだと言える。

本当に弱いのは、『強いと過信している』こと。人間は、案外に脆い。そして案外に強い。だから、本当の弱さは過信していることだと思う。


これから生きていけば、私は「守る強さ」か「守るものが何もない強さ」のどちらかを手に入れられるだろう。

「守る強さ」が欲しいけれど、「守るものが何もない強さ」を持つことになるだろうな……と思うのは諦めだろうか。