ちゅるゆーかの頭の中を晒すブログ

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出会わなければよかった人などないと笑います。

人生と旅、旅と人生

「旅は人生だ」という言葉がある。


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旅くらいで人生は変わらない。常々そう思っている。

私が自分自身の成長を感じるのは、非日常な旅のワンシーンではなく日常生活を丁寧に重ねていく中でのことだ。
旅でどんなに劇的なシーンが繰り広げられても、それはその場で足踏みを繰り返すようなものだと感じる。そこの地面を固めるだけだ。前に進むのではなく。



旅は、所詮旅だ。それを日常にするなら成長も変化も自分に望めると思うけれど、非日常としての旅は人を子どもにしてしまう気がする。というか、非日常は常に、人を子どもへと還してしまうから非日常としての価値がある。

旅くらいで人生は変わらない。外弁慶が加速したり、海外の物価に詳しくなったり。それでいったい何が変わるのか。何かが見えるのか。
私には、大学に戻った自分が変わらないことがなんとなくもう見えている。



旅を成長だと考えたい気持ちは分かる。私もそう思いたいから。
けれど人は非日常では成長できない。人が歩を進められるのは日常を繰り返す中でのことだ。結局一番すごいのは、旅に出た先で出会う人たちと同じ、きちんとした日常を繰り返せる人々だ。



「旅は人生だ」。「人生は旅だ」。名言ぽい言葉だ。

でも私はそうは思わない。旅は、あくまでも人生の一部だ。

人生は旅ではない。日常だ。旅は人生ではない。その一部だ。日常を繰り返して重ねていく人生の、旅はその一部であり全てではない。
それをきちんと自覚していないと、旅に囚われてしまう気もする。



旅に限らず、ある何かを全てだと考えてしまうと、好きでいるはずのそこに囚われていつの間にか苦しくなる。何度もそれを経験してきた。
だから、あくまでも。世界は広いと。そう自覚していることは大事だ。それを守ればきっと世界は私の味方だ。
そして、 見ている世界は広い世界の一部分でしかないのだと感じるために。

私は旅をしているのかもしれない。

膨らむ思い出と膨らまないガム

とても久しぶりにガムを噛んでいます。最後に噛んだのがいつだったのか思い出せないほどです。
最後に噛んだのはいつだっけ、誰に貰ったんだっけ、と思い出そうとしていたら、懐かしいような記憶が蘇ってきました。


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小さい頃、フーセンガムで風船が上手く作れませんでした。妹はとても上手でそれが悔しくて、ガムを噛むたびに何度も挑戦して失敗していました。
上手く風船を作れなければ子どものままのような気がして、ムキになって練習していました。それでも全然出来なくて、どうして私は出来ないんだろうって少し落ち込んだりなんかして。
プラスチックの入れ物に入った、小さな丸いガムの粒。風船にしたくても出来なかった小さな希望たち。



私は不器用な子どもで、実技と名のつくものは全て出来ませんでした。逆上がりも跳び箱も持久走も、ミシンも料理も25メートルクロールも。
あの頃の私は怯えていました。
ガムで風船を作れない大人はいないんじゃないか、逆上がりは出来て当然のことなんだ、跳べなければ走れなければ大人になって困るんだ、ミシンが扱えないと一人前と認められないんじゃないか、包丁が完璧でないと馬鹿にされるんじゃないか。
出来ないといけない、と言われるのが辛かったです。出来なければ大人になって困る、そんな圧力が辛かったです。



未だに私は逆上がりも出来ないし、跳び箱も持久走も苦手です。ミシンはセットの仕方すら忘れてしまったし、料理は自分が食べられればいいかなというレベル。25メートルクロールは、4年生の時に特訓があって何とか出来るようになりました。
今小さな頃を思い出して、「出来なくてもいいよ」と言ってくれる大人がいてくれれば、どんなに私は未来に夢を持てただろうと考えます。
「出来ないことに向かう努力は大切だけれど、出来なかったからといって大人になれないというわけじゃないんだ」って、今となっては当たり前のことを言い聞かせてくれる大人が欲しかったです。



出来ないことはあってもよくて、それが埋められなくとも得意なことを伸ばしてプラマイゼロに出来るように。
今の私はそう私自身を励ましています。
それを言ってくれる大人にもしあの時出会っていれば、もっと怯えずに大人になることを受け入れられたかもな、ってちょっと思います。
そう、私は、大人になることすら怖くなってしまいました。



その恐怖を潰すために、今の私は、膨らませられないガムを噛みしめるのかもしれません。

今日の夢@2016/10/02

スマホを落としました。拾い上げたらスマホは全体にまんべんなくひび割れていて、硬いはずのスマホがグニグニ曲がりました。
あーまたやっちゃったなぁと思いました。それでも問題なく使えて、しばらくはこれでいこうか、とグニグニスマホを曲げながら考えていました。



その後かどうかは分からないのですが、私はあるゲストハウスにいました。どこの国のどこの街なのか、全然覚えていません。
壁にもたれて、私ともう一人の日本人男性が座っていました。広い部屋の真ん中には大きな真四角の柱があって、その左横の椅子にはベトナムで知り合ったTさんが座っていました。
その更に奥の壁側の椅子に、もう一人知らない中年の日本人男性が座っていて、その人とTさんは仲が良いのか知り合いなのか、喋ったり肩を叩き合ったりしていました。



私は私の横にいる男性と話したり、ぼんやりとTさんを見ていたりしていました。
中年男性はTさんと話しながら、時折勝ち誇ったような目でこちらを見ていて、それに気付いて私は、もうTさんにメールを打つことはないのかなぁと思っていました。



その辺で、目が覚めました。



今改めて思い出して思ったのですが、Tさんの顔、全く見知らぬ人の顔でした。
それなのになぜTさんだと思っていたのか。ゲストハウスにあんなに広くて何もない空間はないはずなのになぜゲストハウスの設定だったのか。あんなにひび割れたのになぜスマホは使えたのか。



謎だらけです。
さて、Tさんにメールしてみましょうか。

生まれついての嫉妬

都会に、東京に、羨ましさを感じる。
『イベントが○○であります』という案内を見るたびに、はいはいはい東京ですね、と思う私は性格が悪いなぁと思う。
要するに、何かイベントが開催されると聞いてその日のうちに行こうと決めて、仕事終わりにふらっと行ける、そんな環境にある人が羨ましい。



私が東京に行くためには、飛行機か新幹線に乗らなければならない。
空港に向かうのに1時間半。飛行機も1時間半かかる。安くあげようとLCCを使うと、成田空港から都内に行くのに1時間半。
新幹線だと、まず駅に行くまでに1時間強。それから乗り換えはスムーズにいくと考えて6時間半。
……目眩が。



日本の中心は、一年毎……とまでは言わないから五年か十年ごとに各都道府県を巡っていったらどうかと考えてみる。今は北海道、次は青森でその次は秋田、みたいな。非現実な妄想をするとちょっと楽しい。
たまたま生まれついた場所でイベントに参加できないなんておかしいだろって思う。文化的に公平なんてとても言えないはずだ。



田舎は生活費が安いなんて幻想だと、地元に帰るといつも考えてしまう。
他所で野菜が値上がりすると、地元産の野菜もしっかり値上がりするし、競争が激しくないから物価も安くならない。土地や家賃は安いけれど、それは不便だからだ。車の維持費や飛行機代や新幹線代やバス代やフェリー代がかかる。
噂は一瞬で広がり、高校の選択の幅は狭く、最低賃金はワーストから数えるくらいなのに生活のために車を持たざるを得ず、交通費は高く、男尊女卑が根強い。
それが私の地元。



田舎には田舎の良さがあるって言う人もいる。でもそれは住まないからでしょ?って思う。「空気がおいしい」「時間の流れがゆっくり」なんて、住まないから楽しめることだと思う。
空気がおいしいことより時間の流れより優先していることがあるから都会に住んでるんでしょ?って思う。私だってそう。そんなことより優先させたいことがある。



話題の美味しいお店も、テレビで紹介された店も、今流行っている映画が見れる映画館も、毎月イベントの参加者を募集するバーも、私の地元にはない。吉野家すき家もパルコもGUもネットカフェもドンキホーテも、大きくなるまで知らなかった。
どこへ行くにも車を出してもらわないといけないから、あまり自由に遊びに行くなんてしたことがない。



……読んでいてあまり気持ちの良い文章ではないですね。勝手にヒートアップしてしまったので、この辺でやめます。
大学のある街はちょっと都会です。すごく楽しくて便利。
就職はもっと都会でしたい。交通網が発達していて給料は高くて何でもどこででもすぐ買えて、何にでも参加しやすい都会で。

風邪

寝込んでいます。頭が痛くて喉が痛くて、息が苦しいのは治りましたが咳が止まらなくて体が重いです。
今までかかったことのないタイプの風邪だと思っていたのですが、ふいに、あの時の風邪もこんなのじゃなかったかなと思い出しました。



中学校3年の時、学校を休んだんです。滅多に学校を休むことなんてなかった私は、頭が痛くて体が重い、そんな風邪をひいていました。
重い頭で、二段ベッドで、ぼーっと考えていました。考えて苦しんでいました。好きな人が、同じクラスの女の子を好きなんじゃないかという自分勝手な妄想と嫉妬。
私が苦しんでいたのは、風邪なんかじゃなく、苦い嫉妬でした。



可愛い女の子でした。長い髪は二つ結び、色が白くて体の細い、植物の名前を持つ女の子。
その子と前後の席になった彼が楽しそうで、自分は離れた席にだっただけに余計にそれが目について、私は勝手に彼はあの子が好きなんだと想像をして、自分より可愛くて女の子らしいあの子に嫉妬をして、そんな心が体に風邪をひかせて、私は一週間学校を休みました。



とにかく体がだるくてだるくて、ご飯は食べられるけれど朝になるとまた頭が痛くなる、それの繰り返しでした。
ひどい熱もなく、かといって元気でもなく、嫉妬に悶えることと眠ることを繰り返しました。
繰り返しているうちに、ふと思いました。
それはそれで、もういいんじゃないかと。
どうせ言う気もない想いだし、もういいやって。諦めるんじゃないけど、嫉妬してても醜いだけだからやめようって。
それよりも彼の顔を見たいし学校行きたいなって。



翌週、学校に行った私は友達にハグされて、それを受け止めながら彼を見たら彼はちょっとほっとしたようにこっちを見て笑っていて、私はその笑顔を見てもうこれでいいやって思いました。



あの笑顔を思い出すと、今でも何だかほっとします。……たぶんまだ好きなんでしょうね。でもほっとしたところで今の私の風邪は治らないので、大人しく寝ていようと思います。
今の私の風邪は、狂う嫉妬がないだけ、まだマシなようです。

行っても行っても

ミャンマーwifiが遅すぎるぞー!!!
るぞーるぞー……
でもミャンマー良いところですよ。


人間が嫌いになりかけたら、皆ミャンマーに来るべきだと思う。ミャンマー人良い人たちすぎて自分の性格が悪すぎて、自己嫌悪に陥りそうですよ私は。



最近私は焦っている。何だかよく分からないけれど、焦っている。
明日になるってことは私の時間が一日分また少なくなるってことで怖い。
年をとるとか死ぬとか、そんなことが怖いんじゃなくて、もっと、こう、上手く言えないけれどただこのまま時が過ぎていくのを怖く感じている。
よく分からない。
自分でも分からない得体の知れない何かが怖くて、それから逃げられるかというとそうではなくて、焦るだけでは何も変わらないのも知っていて、射竦められているからもがくことも出来ない。



怖いというより恐ろしい。
でもたぶんそれは何も見えないからなのだろうなということは何となく分かる。
だから見えるようになったらそれは私の味方になってくれるのだ。きっと。
それを信じるしかないけれど、恐ろしくて恐ろしくて、私はどこへ行けばそれから逃れられるかだけを考えている。



私は、……私は。
どこへ行っても私から逃げられない。

今夜泣いてる人は僕一人ではないはずだ、よね

心が落ち着かない時は耳が寂しい。
だからそんな時は、音楽を流し続ける。アーティストから中島みゆきという項目を選んで、シャッフル再生にして。
ほとんど聞いていなくても、流れているだけでいい。それで落ち着くから。
そうしていると、ふと耳が歌詞を拾うことがある。
今夜は『幸福論』だった。耳が、歌詞を拾って、外に向いていた意識が音楽へ向く。
そこに辿り着けばもう、落ち着くところの一歩手前だ。あとはその歌だけをリピート再生する。30回も聞けば、だんだんと心も落ち着いてくる。



軽快なロック。頭を揺らしたくなるような。
こういうロックサウンドは中島みゆきファンの間では評価や好き嫌いが分かれるところだけれど、私はむしろこういうロックサウンドが好き。



「今夜泣いてる人は 僕一人ではないはずだ」


私が私に言い聞かせているような言葉から始まる歌詞。ひれ伏したくなった。


「笑顔になるなら 見えない所にいてよ
 妬ましくて貴方を憎みかけるから」

「泣いてる時はみんな ひとりずつひとりずつ膝を抱くのだね
 孤独が恐けりゃ誰にも会わないことね
 いい人に見えるのは 他人だからよね」

「プラスマイナス幸せの在庫はいくつ
 誰が泣いて暮らせば僕は笑うだろう
 プラスマイナス他人の悲しみをそっと喜んでいないか」



ひれ伏した私に、その気持ち分かるよと言ってくれているのかと思えば最後の歌詞でしっかり突きつけてくる。
あああああ。誰が泣いて暮らしても私の中の嫉妬は消えない。私以外の皆が泣いて暮らさない限り。



今夜も、中島みゆきが私を救う。

もやもやの先

地元の空港で、高校の同級生が働いていました。それを見てから、何だか気持ちが落ち着かないので書いてみようと思います。
何なんですかね、妬みとかそういう感情ではないんです。でももやもやするんです。私は何にもやもやしているのでしょうか。自分でもよく分からなくて戸惑っています。


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高校の同級生は、私ともう一人以外は皆働いていると思います。卒業後すぐに就職した人も多いです。地元でよく会う友達も皆働いていますし。
だから同級生が働いていることにショックを受けたわけではなくて。でも、考えてみたら私、同級生が働いている姿を見るのは初めてだったんです。



私ももうすぐ22歳になります。結婚をした同級生も、子どもを産んだ同級生も、いて不思議はなく実際にそんな風の便りを聞くこともあります。
焦りとか妬みとかそんな感情は欠片もないけれど、若干の寂しさを感じていないと言ったら嘘になります。ライフステージが変わっていくことは、それだけ共感できることや共有できることまでも減らしていくと思ってしまっています。
置いて行かれるという表現はちょっと違うけれど、離れていくというのも違う気がします。劣等感でしょうか。知らないうちにいつの間にか川で隔てられていて、その川の流れが少しずつ早く大きくなっていくのを見ているような。そんな例えが一番しっくりきます。



働いているあの子が眩しいと思うのは事実です。働いている人たちに、何となくの劣等感や遅れを感じてしまうのも。
でも羨ましくはない。私は私で、私が欲しい未来をきっと手に入れてみせる。そう思った時、夜の上の飛行機から街の灯が見えました。

下手くそでいたい

昨日、一年前の8月に書いた自分の文章を読み返しました。なぜこんなものをネットに晒し続けていられるのか……と思うほどのへったくそな文章でした。



びっくりしました。そんな下手くそな文章書いているって自覚なかったですし。
それよりフォロワー数伸びないってことに当時悩んでいたので。
そりゃ増えませんよおねーさん。そんなめちゃ下手くそな文章で。スキしてくださる方とフォローしてくださってる方に土下座しなさいな。
と、過去の自分には言いたいです。



でも、ちょっと嬉しかったです。
だって、少しだけだけど、一年前よりも文章が上手くなってるとも言えるじゃないですか。だから嬉しかったんです。
私、ちょっとは文章上手くなりましたかね。漢字の使い方は最初の頃よりはかなり意識できるようになったんですよ。書き出しは工夫して、って思いますけどいっつも同じような感じになってますよね。一年前の見たら、題名のつけ方は今の方が断然上手になってますよ、昔のは駄目ですね。ある人の文章が読みやすくて、それは段落が2行空いているからだと気付いて、それで私も2行空けるようになったんですよ。最初の頃は600字くらいしか書けなかったけど、倍くらいは書けるようになったんですよ。



もちろん、過去の自分が書いた文章も愛しいです。自分、こんな下手くそで、感情だだ漏れで、必死になって表現してたんだなって思えて呆れるやら愛しいやら。
嫌いにはなれないし、ダメなやつだからこそ私が守らなくちゃ、みたいな。
ダメダメでも剥き出しでも書いて書いて書いて、ここまできたんだなって小さな満足感。
書いてきて良かったなって思えました。あの頃は誰のために書いているかも分からなかったけど、ちゃんとここに届いてるからってあの時の自分に伝えたくなりました。



一年後には今の私の文章も下手くそって言えるのかなと楽しみです。
下手くそって言いたいです。ど下手だって言いたいです。もっと上手くなりたいというより、自分でもっと手放しで褒められる文章を書きたい。
成長、したいです。今の私よりも過去の私が優れているなんて思いたくないですから。

寂しいの

なんだか、寂しいなって思った。


だから誰かを呼び出して、パフェ食べに行きたい。
……パフェ食べたいだけなのかもw
実際は、こんな時間だから水しか飲まないけど。


うんと年上の人と付き合いたいなぁ。
うぅん、幾つでもいいの、私の全部の問いに答えをくれるなら。
だからあいつがよかったんだよなって考えて、とっくに諦めがついたはずなのに何考えてるんだろってなった。


私は寂しい。